ブックタイトル高分子 POLYMERS 62巻12月号

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高分子 POLYMERS 62巻12月号

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概要

高分子 POLYMERS 62巻12月号

PolySCHOLA測る4限目分子量の大きな分子も一部混じっているので、ひも状に見える分子も探せば見つけることができるでしょう。それでは、it-PMMAを用いて実際の手順に沿って観察を行ってみましょう。まず、it-PMMAのクロロホルム溶液(濃度:約3×10-6 g/mL)を作ります。クロロホルムは、試薬特級でいいです。適当なサンプル瓶などを使って、10 mg/10 mL程度の母液を作り、それをさらに薄めて使います。マイカを適当な方法でスピンキャスト装置に固定した後、セロテープでマイカの表面を剥離させて新鮮な面を出し、溶液を1滴滴下してスピンキャストします。スピンキャストの装置がなければ、手作りで作ることもできます。たとえばマイカに溶液を滴下して、窒素などでクロロホルムを吹き飛ばす方法です。上述の溶液の濃度は、おおよその値で、用いるポリマーの種類、基板、キャスト法によって最適な濃度を探す必要があります。濃い濃度から順に薄くして、凝集した分子が次第に少なくなり、孤立鎖が観察できるところを探すといいでしょう。スピンキャストしたマイカは、すぐに真空乾燥した後、観察します。it-PMMAはそれほど注意が必要ありませんが、at-PMMAは経験上、すぐに真空乾燥しないと分子鎖が凝集する傾向にあります。AFMの観察は、それぞれの装置のマニュアルをよく読んで行ってください。カンチレバーで叩く力が強すぎると分子を動かしてしまうことがありますし、力が弱すぎるときれいな画像を得にくくなります。できるだけ分子にダメージを与えず、かつきれいな画像が取れる条件を探す必要があります。パラメーターを変えながら、その装置に最適な条件を探して下さい。図1(a)のit-PMMAのAFM像では、分子鎖の高さは、1 nm以下であるのに対して、基板に平行な分子鎖の幅は20 nm近くに太って観察されています。これは、AFMの原理上、高さ方向はほぼ正確に観察できるのですが、水平方向、すなわち幅はカンチレバーの先端径(公称10 nm)のために太って観察されるからです。この現象は一概に欠点とはいえません。なぜなら、図1(a)のようなAFM像はよく見かけるものですが、もし、AFMではなく、肉眼でマイカ上のPMMA鎖を見ることができたとすれば、PMMA鎖の幅は本来の大きさ、すなわち、1 nm以下のため、実はこの倍率で観察しても分子鎖を目視することはできません。図1は見慣れた画像ですが、AFMで分子の幅が太っていることにより、分子が可視化できているのです。孤立鎖を観察するためには高分子鎖が基板に強く吸着する必要があります。また、基板は原子レベルの平滑な面をもったものであることが必要です。原子レベルの平滑な基板で、実験室レベルで使えるものは、マイカと高配向性熱分解グラファイト(HOPG)にほぼ限られます。したがって、新規ポリマーを合成して、その分子像を見ようとしても、これらの基板との相互作用が十分でなければすぐに観察するのは困難です。見ようとするポリマーに適した基板の表面処理などを検討することが必要になります。もし、はじめからAFMを用いた分子鎖レベルの研究を目指すのであれば、観察に適した高分子であらかじめ実験系を設計しておくのも手です。1分子を観察できることから、個々の分子のコンフォメーションだけでなく、たとえばブロック共重合体や、分岐ポリマーなどが実際にどのように生成しているかを直接観察することも可能になります。分子個々の構造を見ることで、従来のバルクでの分析では限られた情報しか得られていなかったことに気付くことになるかも知れません。ここでは詳細には触れませんが、今日では高分子単分子鎖だけではなく、Langmuir-Blodgett膜などの高分子二次元膜を用いることで、高分子結晶、高分子が形成する多重らせん構造、らせん高分子、ブレンド単分子膜などを1 nmの分解能でAFM観察できるようになっています4)~6)。高分子の関与するさまざまな現象について、我々は一見わかったようなつもりでいますが、分子鎖レベルで実際にどのような現象が起こっているかを考えてみると、実は多くのことが不明であることに気づきます。“百聞は一見に如かず”と言います。ぜひ、高分子単分子鎖の観察実験に挑んでみてください。文1)熊木治郎,橋本竹治,高分子, 46, 246(1997)2)J. Kumaki, Y. Nishikawa, and T. Hashimoto, J. Am. Chem. Soc., 118,3321(1996)3)“より詳しい実験書としては:走査プローブ顕微鏡―正しい実験とデータ解析のために必要なこと―”,重川秀実,吉村雅満,河津璋eds,共立出版,東京(2009)4)熊本治郎,高分子, 54, 402(2005)5)熊木治郎,高分子, 57, 993(2008)6)熊木治郎,ネットワークポリマー, 33, 42(2012)献3.分子の何が観察できるか実際にやってみられた方は、比較的簡単に分子鎖を観察できることがおわかりになったのではないかと思います。ただし、これはPMMAとマイカという確立された組み合わせを使っているためです。熊木治郎山形大学大学院理工学研究科機能高分子工学専攻http://kumaki-lab.yz.yamagata-u.ac.jp752 c2013 The Society of Polymer Science, Japan高分子62巻12月号(2013年)