S8.発動分子科学が拓く機能分子設計とエネルギー変換
(東京工業大学化学生命科学研究所)宍戸 厚
<趣旨>
 ナノスケールで機械のように動く分子すなわち「分子機械」は、1960 年代に Feynmanがその概念を提唱して以来,ナノテクノロジーの究極の目標とされてきました。2016 年のノーベル化学賞の受賞研究は「分子機械の設計と合成」でしたが、半世紀を経てようやく合成分子に機械的な動きを起こさせる手法が確立しました。しかしながら、これまで開発された人工分子機械は、「動く」というコンセプトの実現に焦点が当てられており、機械的な動きがもたらす独自機能については、いまだに決定的な実証例がありません。一方、分子生物学や生物物理学の発展に伴い、我々の体の中には機械的な動きを起こす「生体分子機械」と呼ばれるタンパク質が多数存在し、生命活動の多くがこれらの分子の機械的な動きにより支えられていることが明らかになってきました。これらは主にATPという化学物質の分解エネルギーを利用して機械的な動きを起こし、別の形のエネルギーに変換する働きを担っており、「分子の機械的な動き」に「エネルギー変換」という機能を持たせることで、様々な機能発現が高効率で実現できることを示唆しています。しかしながら、これまでの研究は動作原理と生物学的役割の理解を目的としており、機能の改変や人為的制御などを通したエネルギー変換素子構築という観点での研究は皆無でした。これらを通じた最大の問題は、何故、生体分子機械では実現されているエネルギー変換が人工分子では実現できていないのか、という疑問に対する本質的な解答が得られていない点にあります。
 人工分子機械と生体分子機械を概念的に融合し、エネルギー変換分子という共通概念の元にこれを構築する学理を創出できれば、究極的には,エネルギー問題に対する革新的アプローチを提示することができ,その意義は学術分野に留まらず,社会的にも極めて高いといえます。
 このような背景のもと本特定テーマでは、外部エネルギーを受け取ることで機械的な構造変化を起こし、これを利用して別の形のエネルギーへと変換する分子装置を、「発動分子(molecular engine)」と名付け、これを構築するための基礎学理について議論することを目的としています。これまで異分野として独自に活動してきた合成化学、分子生物学、生物物理学、ソフトマター物理学、計測科学の専門家が連携して叡智を結集することで、ナノスケールの分子素子を組み上げ、さらにそれらをミクロスケールに組織化することにより、高効率でエネルギーを変換できる分子システムの構築を目指します。さらに、社会実装可能なデバイスの構築を見据え、様々なエネルギー源の利用可能性を探求します。
 合成、構造、物性、理論、応用などの観点から活発な研究を展開されている皆様に、「発動分子」をキーワードとした次のような特定テーマ分野で研究成果の発表をお願いしたく、討論にご参加下さいますよう改めてお願い申し上げます。
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