ブックタイトル高分子 POLYMERS 62巻10月号

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高分子 POLYMERS 62巻10月号

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高分子 POLYMERS 62巻10月号

Messages:“Work and Life”先輩からのメッセージ―仕事と私事―日常を楽しんで亀谷美恵東海大学医学部基礎医学系生体防御学領域[259-1193]伊勢原市下糟屋143講師,理学博士.専門は免疫学.y-kametn@is.icc.u-tokai.ac.jp先日、私は自分が飛び込んだラボで15年ほど研究生活をともにして研究の仕方を教わった女性の教授に呼ばれて、お世話になった北里大学の先生が愛媛の大学にご栄転されるお祝いのための小さな食事会に出席していました。その席で、教授がちょっと皆さんにからかわれながら、「私にだって修羅場はいくつもあったのよ。」とおっしゃるのを耳にして、そうだ、そうかもしれないと思いました。東海大は講座制を撤廃したので、私も小さなラボのトップになりました。なかなか女性でラボのトップになることはできないのですが、いくつかのラッキーなことも重なって、こんな状況になったのです。その私も、心の隅には同じ思いがあったからでしょう。でも、私が心を奪われたのは、さらっとそういう短い言葉で大変だったであろう数々のことを言い切る潔さを感じたからだと思います。これがなかなか格好いい。人生何が起こるかわからないので、「修羅場」の3文字の中には人それぞれのドラマがあるに違いありません。でもそれを、時が経ったらコンパクトに整理して、畳んでしまってしまうという術をもつことが、大事であると考えます。そうすると、また時に見失ってしまいそうな長期的な目標が、日常に埋没しないでよく見えるようになるからです。では、研究者になるとはどういうことでしょうか?私は最初から研究者になろうと思っていた訳ではありません。研究室に入って勢い良く実験を続けていたら気がついたらここに来ていた、というタイプの人間なので、学生時代に研究の面白さに目覚め、それを続けるということはできませんでした。最初は、ただ、実験が好きな学生だったのです。しかし、研究者にとっては、第一に研究のアイデアについて、時々思いつくように心がけたり、また、整理したりすることが日常の大事な要素です。それができるようになるのは、ピアノが弾けるようになるのと同じぐらい、大変で、面白くない修行のような時代が必要でした。今ではいろいろ思いつくようになりましたが、わがままな私は、とてもいい大きな流れを思いつくと、今までの仕事を放り投げたくなったりします。でも、何も思いつかなくて、苦しくなったりすることもあります。せっかくがんばって論文を投稿したのに、しばらくして、同じようなものが出されてしまって、自分の論文が出せなくなった経験もありますが、同じ経験をもつ研究者も多いでしょう。でも、あまり長くそういうことを引きずらず、次のことを思いつくように努力する必要もあるのです。自分でも、なぜ研究を続けて来られたのか不思議ですが、あまり苦しさを引きずらなかったからかもしれません。いよいよ独り立ちすると、研究費を取らなければなりません。これもいろいろ落ちたりしますが、その度に悩んでいては次がないので、気にせず次を目指します。幸いボスがいた頃は、取ってきたお金のための仕事を一手にやってきたので、いくら稼いだらどの程度の仕事をしなければならないか、何となくわかるようになりました。もちろんみんな人間ですから、そんなに完璧にはスマートになれないでしょう。とくに研究生活は、時間が不定期になりがちです。実験に失敗することも多く、常にそれに対して何らかの対策を迫られています。研究費を取るためにも頭の隅々まで使い切ります。そのような頭フル回転の状態でも、いったん帰宅の途につけば、夕飯の支度、子供の学校のPTA役員の仕事、親戚付き合いなどが降ってきます。そこで私も、時々小さい記憶を引っ張りだしては亭主や子供に文句を言ってみたりします。ただ、このような日常は、決して修羅場なんてものではなく、毎日捨てていくような些細なものです。この日常を楽しむことこそ、次のプロジェクトの原動力になるのだと思います。件の女性教授が、よく皆で誕生会をしたり、研究室旅行をしたりしたのを思い出しながら、私も極力ラボで何か楽しいことをしようと心がけています。ピアノのレッスンのようにつらい日々を少しでも朗らかにするためです。今になって、彼女が心を砕いていたいろいろなことがわかってきたようです。612 c2013 The Society of Polymer Science, Japan高分子62巻10月号(2013年)