ブックタイトル高分子 POLYMERS 62巻11月号
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高分子 POLYMERS 62巻11月号
Commentary素描特集最新可視化技術で高分子を探る高分子を観る長谷川博一京都大学大学院工学研究科附属学術研究支援センター[615-8245]京都市西京区御陵大原1-30イノベーションプラザセンター長,シニア・リサーチ・アドミニストレーター,Ph. D.専門は高分子のモルホロジー.www.rac.t.kyoto-u.ac.jp/ja高分子ほど多様な形態をとれる物質はほかにない。1本の高分子鎖でさえも天文学的な数のコンホメーションをとることができ、高分子鎖が集合してさまざまな階層構造を形成する。それらの形を観察し、構造形成の機構や過程を考察する学問が高分子の形態学、モルホロジーである。私はこの春定年を迎えるまで高分子のモルホロジーの研究に携わったが、その基本は恩師Phillip H. Geil先生に教わった。先生の著書“PolymerSingle Crystals”はおそらく高分子を多くの美しい顕微鏡写真で可視化した最初の本であろう。高分子の単結晶や球晶の写真から、研究者がそれを初めて目にしたときの鳥肌が立つような感動が伝わってくる。私も首が痛くなるまで顕微鏡を覗きながら、そのような感動を味わうことができた。そんなときは息を止めて画像に見入っているので、貧血を起こしかけることもあった。モルホロジーはまず「見る」ことに始まる。顕微鏡を用いて実空間の像を見る場合もあれば、散乱法を用いて逆空間で見る場合もある。顕微鏡像から得られる情報は圧倒的に多い。まさに「百聞は一見にしかず」である。文書と画像の電子ファイルのサイズの大きさを比べれば明らかである。しかし、ただ「見る」だけでは高分子の構造への理解は深まらない。画家が目に写ったものをそのままキャンバスに描くのでなく、自分の印象を抽出し、感情を重ねて作品を仕上げるように、モルホロジーでは画像を観察して可能な限りのあらゆる物理的な情報を抽出する。また、想像を逞しくして、その構造が出来上がるストーリーを思い描く。そのようなモルホロジー観察の対象として、結晶性の高分子やブロック共重合体は最適の材料であった。素材の質を吟味する必要はもちろんあるが、料理次第でどのようにでも複雑に変化してみせてくれ、飽きさせることがない。その術中にハマっているうちに研究に従事できる期間が過ぎてしまった。Institut Charles SadronのBernard Lotz先生には顕微鏡写真は美しくなければならないということを教えられた。Lotz先生の電子顕微鏡写真は、新発見の真実を伝えるだけでなく、芸術作品とも言えるほど美しく見えるように被写体や構図が選ばれている。おそらくは、そのような被写体を見つけるまで、多くの試料を隅々まで隈なく観察されているのであろう。また、撮影具である電子顕微鏡についても、最良のコンディションとセッティングで使うように心がけておられるのだと思う。近年はコンピューターの進歩に支えられて、高分子や高分子材料を可視化するさまざまな新しい装置や手法が開発されている。これまでは到底不可能と思われていたことができるようになった。1本の高分子の形や動きを見ることができ、その物理的性質を測定することまでできるようになった。ただ、そのような観察ができるのはその分野を切り拓いて来られた一流の研究者に限られており、対象となる高分子にも制約がある。おそらくは誰にでも使えて、どんな高分子でも見ることができ、あるいは測定できる装置を目指して開発が進められていることと推測するが、私はそうなって欲しいとは思わない。可視化された像が本物かどうかは、装置や測定原理をその欠点まで知った上で理解し、高分子試料の素性までわかっている研究者だけが判断でき、また、そこから派生するストーリーに思いを馳せることができるからである。少なくとも、試料販売会社から買った試料を使い、ブラックボックスの装置を用いて、出てきたデータを並べただけという研究が増えることは望まない。装置が大掛りで高価になり、検証実験を繰り返すことが困難になるにつれ、そういった危惧が大きくなる。しかし、今まで見えなかったものが見えることは素晴しい。新しい装置の使い方には慎重であるべきだが、新しい観察技術の開発はどんどん進めて欲しい。“Seeing is believing”とは日本における高分子の電子顕微鏡観察の草分けである京都大学化学研究所の小林恵之助先生がよく言われた言葉である。先生は超高分解能電子顕微鏡(HAREM)を開発され、有機分子を原子レベルで可視化することに執念を燃やされたが、これほど小さなものになると、焦点の位置とともに像が変化する。何が見えれば正しい像を見たことになるのか、見る側にも相当の知識が要求されるのである。662 c2013 The Society of Polymer Science, Japan高分子62巻11月号(2013年)