ポリワーズ あ行 

ポリワーズ

〔あ行〕


アンチフォールディング/アンフォールデイング(antifolding/unfolding<p620>
タンパク質は,ポリペプチド鎖が折れたたまれて特定のネイティヴ(native)な」コンホメーション(立体構造)をとることにより,機能を発現する。ポリペプチド鎖がネイティヴなコンホメーションに折れたたまれること(あるいは折れたたまれたコンホメーション)をフォールディング(folding)とよび,ネイティヴなコンホメーションからポリペプチド鎖の折れたたみがほどけることをアンフォールディング(unfold-ing)という。変性剤の添加,pHや温度の変化によってタンパク質を変性きせることは,アンフォールディング反応の代表的な例である。細胞内で生合成されたタンパク質のフォールディング反応を抑えて,ほどけた状態のままに保つことをアンチフォールディング(antifolding)という。最近,細胞内でアンチフォールディングの働きをしていると考えられるタンパク質が見いだされてきている。ほどけた状態からポリペプチド鎖がネイティヴなコンホメーションに巻き戻ることはリフォールディング(refolding)という.変性剤で変性させたタンパク質を,変性剤を取り除くことにより巻きもどらせることは,リフォールディングの例である。 Kobunshi, Vol.40 , p.639 (1991)

イオン注入<p338>
イオンビームを利用した固体表層への粒子添加法を意味する。この方法は真空中で,添加したい粒子をイオン化し,直流もしくは高周波により数keVから数MeVに加速して,固定基盤表層に照射することによって添加する方法である。照射されたイオンは,みずから持っている運動エネルギーで固体基盤の原子をはじき飛ばしながら強引に侵入し,衡突の繰り返しによってエネルギーを失って静止する。侵入したイオンは表面から深さ方向に分布し,加速エネルギーに依存した深さに最大濃度を有すガウス分布で近似される。イオン注入装置はイオン銃,加速器,質量分離器,ビーム掃引器,注入室で構成され,加速器科学で利用される粒子加速器を小型化したものである。イオン注入法の特徴は添加する粒子と添加される固体が自由に選択でき,添加深さ,添加量はイオンの加速電圧,ビーム電流,注入時間によって制御できることなどである。この方法は,半導体への不純物ドーピング法として発道し,LSI作成プロセスにおいて重要な役割を担っている。近年,この方法は金属,セラミックス,高分子材料などの表層改質法としても注目されている。
Kobunshi, Vol.41 , p.350 (1992)

イニファータ<p311>
Initiator-Transfer Agent-Terminatorの略。ラジカル重合開始剤のなかで,1次ラジカルに対して連鎖移動能あるいはラジカル停止能,もしくは両者能力の高い化合物を指す。1982年,大津隆行らによって提案された(Makromol.Chem.Rapid Commun., 3, 127(1982)〕. いまモノマーMをイニファークABで重合すると,AおよびBを分子端にもつポリマーが生成する。   AB十nM→A-(M)-nB スチレンやメタクリル酸メチルなどのモノマーに対するイニファータとしてテトラエチルチウラムジスルフィド(I,加熱あるいは光重合型)やジベンゾイルジスルフィド(2,光重合型)などがあり,後者から誘導されたポリスチレンを加水分解することによってα,ω-メルカプトポリスチレンを得る。ブロックやグラフトポリマーの前駆体として,また,反応性あるいは機能性ポリマーやそれらの前駆体として利用される。   〔(C2H5)2N-C(S)-S-)2-  〔C6H5-C(O)-S〕2 1 2
Kobunshi, Vol.40 , p.334 (1991)

エントロピー的斥力<p787>
高分子吸着層で覆われた界面が接近し,吸着層が重なり合う際に生ずる自由エネルギー変化,⊿G(立体反発エネルギーVsに等しい)はエンタルピー変化の項,⊿Hとエントロピー変化に伴う工ネルギー項-T⊿Sより成り立っている。この内,吸着分子と溶媒間の相互作用(エンタルピー項)を無視し,吸着層間の重なりで生ずる吸着高分子の配位形態数の変化(エントロピー項)だけから⊿Gを求めてVsを見積る方法をいう。この理論の発端は今から40年前,Mackorkにより棒状分子が吸着している界面ヘ別の平面が接近した際の吸着分子の配位数変化の計算に始まったが,この考えを吸着分子でおおわれた球状粒子の系に適応すると,Vsは吸着分子数と吸着被覆率に比例して増大し,吸着層の厚さによって急激に増大することを示唆した。さらに,ClayfieldとLumbはこの考えを鎖状高分子の系に拡張し,主鎖中に吸着セグメントをもつランダム共重合体がより強いVsを示すことを予測した。これとは別に,FischerとOttewi11らは溶媒と吸着分子間のエンタルピー効果も考慮に入れたVs-式をFloryの高分子溶液論に基づいて誘導している。 Kobunshi, Vol.40 , p.810 (1991)

アイソスタチック(等圧圧縮)成形法<p782>
1913年以来,粉末冶金やセラミックスに応用されてきた方法で,最近,溶融成形のできないポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に適用され,注目を集めている.特に,PTFEでは厚肉の素材を削って作っていた□径の大きい薄肉のパイプや異型管などの中空品の成形には最適の加工法である。  その原理は,ゴム材料などの柔軟な不透過性の膜と金型の聞にPTFEのような粒状粉末を入れ,加圧媒体により圧縮する方法である。加圧媒体としては液体(油,水)やゴムが用いられる。本法により,精度よい所要寸法で,かつ,物理的性質も非常に均一なプレフォーム(予備成形品)を作ることができ,焼成時に変形やクラックのトラブルもほとんどなく,狙い通りに近い製品形状の中空品が得られる。 具体的な応用例は,PTFEのビーカーやびん,径が約300mm以上のチューブ,長さ/径の比が大きいロッド,複雑な形状のポンプライナー・T型継手・プロペラ・攪拌機等々である。 Kobunshi, Vol.41 , p.782 (1992)

アンチセンスオリゴヌクレオチド<p676>
アンチセンスオリゴヌクレオチドは,ウイルスや癌遺伝子の中でその機能がよく判明している部分と相補的な塩基配列をもつ,15~20程度の短い鎖長のもので,mRNAのスプライシングやトランスレーション(翻訳)などを阻止することで特異的な遺伝子の発現を制御しようとするものである。エイズの治療薬として,その原因ウイルスであるHIVの感染,増殖阻止特質の開発は重大な医学上の課題であり,その一つとしてアンチセンスオリゴヌクレオチドの研究が精力的に進められている。遺伝子制御の手段である遺伝子工学技術が,医薬技術の一つとして取り上げられてきているわけである。ウイルス感染細胞において,プロウイルスDNAの転写や翻訳を阻止するためには,その標的となる塩基配列部分に到達しなければならず,そのためにはアンチセンスオリゴヌクレオチドが細胞の中に取り込まれること,またヌクレアーゼによる分解に抵抗性であることなどが必要条件となる。このことを配慮して,天然型のリン酸ジエステル結合をフォスホロチオエート型などに置換して抗HIV活性を高めようとする試みがなされている。さらに,アンチセンスオリゴヌクレオチドの明確な作用機構解明,細胞内への到達率やその分布,代謝,排泄などに関する研究が行われている。
Kobunshi, Vol.42 , p.692 (1993)

イモータル重合<p303>
「イモータル重合」は,Alポルフィリン錯体(開始剤)によるエポキシドの開環重合において見い出された。リビング重合と同じく分子量のそろった高分子を与えるが,リビング重合との本質的な違いは,連鎖移動剤を加えることにより,生成高分子の分子数を増やすことができる点である。いいかえると,分子量のそろった高分子をわずかな量の開始剤を用いて一挙に大量(たとえば開始剤分子の50倍)合成することができる。このようなイモータル重合の特徽は,連鎖移動反応が「可逆」で,かつ「高分子の成長反応よりもずっと速く起こる」 ために発現しており,その鍵はAlポルフィリン錯体のきわめてユニークな反応性にある。「イモータル(immortal)」とは「不死身」の意昧であるが,これは,上記重合がアニオン重合の強力な停止剤となる塩化水素を加えても止まらないことにちなんでいる。現在では,亜鉛やマンガンのポルフィリン錯体もイモータル重合の開始剤になることが確認されており,モノマーの適用範囲も環状エステルや環状チオエーテルにまで広げられている。 Kobunshi, Vol.42 , p.330 (1993)

オぺロン<p916>
タンパク質の構造を決定する構造遺伝子は,いくつか並んでオペロンといわれる転写の一単位を構成し,この単位は種々の機構により同調的に調節を受けている。転写はオペロンごとに特定の開始部(プロモーター)から始まり,特定の終結点で終わる。最もよく知られているラクトースオペロンのようなリプレッサー~オペレーターによる負の調節系では,プロモーターとオペロンの構造遺伝子の中間にオペレーターが存在している。リプレッサーがここに結合すると,RNAポリメラーゼがこのオペロンの転写を行うことができなくなる。オペロンの発現の調節には,リプレッサー~オペレーター系以外にも,トリプトファンオペロンのようなアポリプレッサー~オペレーターによる負の調節系,cAMP-cAMP受容クンパク質による正の調節系,トリプトファン,ヒスチジン,フェニルアラニンオペロンのようなアテニュエーターによる翻訳と共役した調節系等,さまざまな機構が知られている。いずれにせよオペロンを形成する系では,オペロン上の全ペプチドが遺伝子レベルで同時に調節を受けることになる。同一オペロンに属する遺伝子群は互いに関連しているものが多い。
Kobunshi, Vol.42 , p.932 (1993)

位相差板<p292>
光が複屈折体に入射した場合,2つの屈折率の方向で光の速度が異なるため,複屈折体から出る時点で2つの屈折率の方向で光に位相のズレが起こる。複屈折率を⊿n,シート の厚みをd,光の波長をλとすると,位相のズレφは次の式から求められる。  φ=2π・⊿n・d /λ(rad.) 位相差板は,このように通過する光に位相のズレを生じさせる透明なシートである。  通常の高分子は,繰り返し単位では主鎖方向とその垂直方向で屈折率が異なる複屈折 体である。この複屈折率は物質固有で,固有複屈折率と呼ばれる。分子鎖がランダムに分布している場合は巨視的に見て複屈折を示さないが,延仲などにより配向させると複屈折が発現してくる。非晶性高分子の場合,固有複屈折率を⊿n 0,配向度をSとすると,巨視的な複屈折率⊿nは次の式から求められる。   ⊿n=⊿n 0×S 高分子からなる位相差板の位相差は,シートの厚みと高分子の配向に依存している。 Kobunshi, Vol.43 , p.295 (1994)

温度波<p73>
ある面で熱が発生すると,付近の低温部へ向かって拡散していくが,もしこの発熱が交流的であったならば,ほかの物理量の伝搬と同様に波の形をとる。これを熱波あるいは温度波と呼ぶ。最も一般的なものには,地表温度の一昼夜の変化(周波数10ミ5 Hz相当)がある。地表から少し内部に入ったところにもこの波は観測されるが,位相が遅れまた減衰も大きく,地表から10 cmの地中では,ほぼ影響がなくなる。熱測定における温度計測はたいへん重要であるが,交流熱源からの温度波に加えて,環境温度が観測されるため,分離が難しいことが多い。熱源を交流にして,適当な試料厚さと周波数を選択すると,発生源を特定できるため,特定の位置で観測される減衰挙動を解析することで,物性測定を正確に行うことができる。ただし,温度センサーは時間応答性のよいものが要求される。 Kobunshi, Vol.59 , p.85 (2010)

オーバーサンプリング法<p729>
回折顕微鏡法において,位相回復に使われる手法の一つ。試料を視野の中心に孤立させて置き,その周囲に試料の二倍以上の大きさの空き領域を作る。この状態でX線を照射して,二次元散乱を記録する。試料以外の部分はX線を散乱しないが,試料の像を散乱から再構成する際に,試料の周囲に物体が存在しないという情報を束縛条件として使用することができる。これはタンパク質結晶構造解析においてsolvent flatteningと呼ばれている手法と類似している。回折顕微鏡法の位相回復計算では,まず散乱強度に対してランダムに位相を与え,試料の像を計算する。次にこの像の試料の存在しない部分の密度を0にして位相を計算し,再びそれを散乱強度と組み合わせて試料の像を計算する。これを繰り返すことによって,正しい試料の像に近づくことができる場合がある。この手法がオーバーサンプリング法と呼ばれるのは,広い領域からの散乱を測定することが,実験的に散乱を細かく測定する(検出器の分解能を上げる)ことに相当するためである。 Kobunshi, Vol.58 , p.741 (2009)

AFM位相イメージング法<p913>
AFM位相イメージング法とは日本ビーコ社の特許技術で,大気中または液中でのタッピングモード観察時に,カンチレバー(AFM探針)を振動させるドライブ信号と,カンチレバーの応答信号との位相差を検出することにより,サンプル表面の表面物性(凝着力や粘弾性など)の違いを「位相像」として得る観察手法である。 得られる位相像コントラストは,表面物性のナノスケール情報を示しており,試料の表面物性分布に関する有用な情報となる。たとえば,弾性率に差異がある成分が混在している場合,弾性率の低い成分が存在する部分では位相遅れが生じ,位相像では暗いコントラストとして表示される。 本技術は,以下のような観察目的の場合に効果が期待できる。
・表面汚染成分など形状観察では検出できない成分を検出したい場合
・高分子ブレンドポリマーなど構成成分分布を確認したい場合
・表面粘弾性特性などの差異を面内や試料間で可視化したい場合
Kobunshi, Vol.59 , p.921 (2010)