ポリワーズ I 

ポリワーズ

〔I〕


iPS<p137>
体の様々な組織の細胞に分化できる能力を持つ細胞(いわゆる万能細胞)は,移植によって損傷や欠損した組織を再生させる治療への応用が考えられている。万能細胞としてはES細胞が知られているが,倫理面や免疫適合性などに課題があった。一昨年京都大学山中らは,4種類の遺伝子を導入することで,成体(成人)の細胞から,ES細胞に匹敵する細胞を作製することが可能であることを示し,iPS細胞と名付けた。これは,胚の細胞から作製されるES細胞とは違い,たとえば皮膚の細胞など採取しやすい患者自身の細胞から作製することが可能で,治療応用に期待が高まっている。作製の確率が低いこと,導入する遺伝子,あるいは導入に用いるウイルスによる副作用の可能性などが現状の課題であるとされているが,ある種の低分子化合物を添加することで導入する遺伝子の種類を減らすことが可能という報告もある。今後,再生医療への実用化のためには,iPS細胞から目的の細胞へ確実かつ効率的に分化させる培養手法の確立が望まれる。
Kobunshi, Vol.58, P.129 (2009)


IETSスペクトル<p791>
非弾性トンネルスペクトルスコピー(IETS)とは,試料分子(吸着分子など)を含む絶縁層をトンネルする電子と分子の相互作用を利用して,試料の振動励起スペクトルを得る方法である。すなわち,絶縁層を横切る電子のトンネル現象を考えると,電子のエネルギーを保存したままでトンネルする過程(弾性トンネル)と,絶縁層中の分子とトンネル電子が静電的に相互作用し,分子の振動励起エネルギーhvを失ってトンネルする過程(非弾性トンネル)の2つがある。このうち,非弾性トンネル現象は,電子のエネルギーeVが分子の励起エネルギーhvより大きい場合に発生する。したがって,絶縁層を電極でサンドイッチした試料の電気特性では,eV=hvとなる電圧で微少な電導率変化がおきる。IETS側定では,この電導率変化をd2v/dl2(または,d2l/dV2)を印加電圧Vに対して測定するが,この時,電子のエネルギーは印加電圧Vを用いてeVで与えられる。IETS測定では,他の光学的分光法に比較して感度が高く,赤外吸収,ラマン分光と同様の振動スペクトルが同時に側定されると言う特微がある。また,分解能は伝導電子のトンネル現象を利用するために熱的な揺らぎで制限され,5.4KTエレクトロンボルト(k:ボルツマン定数,T:絶対温度)よりよくならないが,IRでは検出できないような低エネルギー領域のスペクトルが得られるなど多くの利点を有している。
Kobunshi, Vol.40 , p.810 (1991)