ポリワーズ か行 

ポリワーズ

〔か行〕


逆遺伝学(Reverse Genetics)<p121>
ウイルス研究においては,遺伝子組換えの技術でクローン化したDNAを基にウイルス粒子を作製することを指す。逆遺伝学は,「さまざまなウイルスのゲノムをクローニングしてその遺伝情報と性質を比較する」という旧来の手法の限界を打ち破るもので,ウイルスベクターはこの技術を応用して開発されている。 なお,より広い意味では,「ある遺伝子を人工的に破壊した生物を作製し,その表現型から破壊した遺伝子の機能を推定する」という遺伝学の新しい手法を指す。これも,「生物の表現型(表に現れる性質)を基にその性質を決めている遺伝子を探して解析する」という従来の遺伝学とは研究の方向性が逆だという意味で名付けられたものである。例えば,機能が未知の遺伝子を破壊したノックアウトマウスを作製し,そのマウスの性質から破壊した遺伝子の機能を推定するという研究は,逆遺伝学の代表的な例である。 逆遺伝学が生まれた背景としては,遺伝子組換え技術やES細胞の遺伝子ノックアウト技術など,新しい研究手法が開発されたことが挙げられる。
Kobunshi,Vol.58,P137 (2009)


ケモメカニカルアクチュエーター<p457>
入力された化学エネルギーを力学エネルギーに変換するもので,機械・電気回路に組み込まれた機械要素のこと。生体系では筋肉や鞭毛など,アデノシン三リン酸(ATP)から化学エネルギーを効率良く力学エネルギーに変換することで「動く」ことができる。人工系では熱,pH,イオン強度,溶媒交換,電気,光などの外部刺激を入力エネルギーとして,そのエネルギーによって誘起される分子のミクロなコンホメーション変化・構造変化がマクロな形状・状態変化をもたらすようなケモメカニカル材料が開発されている。ケモメカニカル材料は,これらの形態変化を制御するために状態を検出するセンサー(情報変換素子)やスイッチング素子としても利用される。高分子ゲルをケモメカニカル材料として用いる研究は1950年のKatchalskyに端を発し,現在ではゲルの外部刺激による膨潤収縮挙動を利用して,人工筋肉やロボットハンドが試作されている。柔軟で保水性を有する高分子ゲルは,「ソフトアクチュエーター」として医用材料への応用も期待されている。
Kobunshi,Vol.58,P477 (2009)

クラスター<p465>
多粒子系において一部の粒子が局部的に相関しあっている状態である(理化学辞典)。この粒子が原子核でもよいし,原子や分子でもよい。分子,原子やコロイド粒子が互いに相互作用を及ぽしあい,その作用が熱エネルギーより強ければ,相関が現われる。展望のなかでは,高分子イオンやイオン性コロイド粒子が相互作用の結果として形成する局所的な規則構造をクラスターと称しているが,規則構造をつくるまでもなく,単に局所的密度が平均密度よりも高いような場合もクラスターとよべるかも知れない。ラテックス粒子の場合,特に規則構造ができているとき,そのクラスターは写真撮影されている。イオン性高分子の場合,このような直接観察は不可能であり,展望で述ベたような超小角領域での散乱挙動から,クラスターの大きさや,その中に含まれる高分子イオンの数を議論することになる。 Kobunshi, Vol.40 , p.470 (1991)

グループトランスファー重合<p318>
du Pontの研究グループにより1983年に見いだされたメタクリル酸エステル類のリビング重合のキャッチフレーズである(この命名には,Wisconsin大学のB.M. Trost教授が関与している)。この重合では,ケテンシリルアセタールを開始剤とし,また,F-を含む化合物やルイス酸を触媒として用いる。重合反応は,室温で進行し,適当な条件下では分子量の良くそろったポリマーが生成する。このグループトランスファー重合いう名の由来は, 開始剤のシリル基が生成言ポリマーの新たに生じる活性末端に対活性種として順次引き渡されていくところにある。ただし,この点では通常のイオン重合も形式的には同様である。基転移重合の特微は,このシリル基の受け渡しが同一分子中で起こり,別の成長ポリマー分子の末端シリル基と交換しない(ということが確認された)点である。しかし,その後,例えば室温における重合反応においては,この交換反応がかなりの頻度で起こることを別の研究者が報告している。通常のイオン重合では, 対イオン(対活性種)の交換を直接的に調べることは容易ではない。 Kobunshi, Vol.40 , p.344 (1991)

コットン効果<p466>
(Cottn effect)光学活性化合物について,光学活性吸収帯が観測される波長領域において,分子旋光度や分子楕円率は波長依存性を示す。横軸に光の波長を取り,縦輔に分子旋光度や分子楕円率を取ると,曲線が得られる.試料による光の吸収が最大のところではこ れらの曲線は大きく変化する。これを異常分散とよび,これらの異常分散がコットン効果である。  円二色性(CD)スペクトルで長波長から短波長にいくにつれて,円二色吸収が正に増大して山にいたり,次に減少して谷にいくものを正のコットン効果曲線,その反対のものを負のコットン効果曲線という。同一の吸収帯にコットン効果が二個ある場合,長波長側のものを第一コットン効果,短波長側のものを第ニコットン効果とよぶ。  有機化学の分野において,励起子相互作用機構に基づく円2色性コットン効果を示す化合物については,コットン効果の符号から絶対構造を非経験的に決定することができる。 Kobunshi, Vol.41 , p.484 (1992)

コンパティビライザー<p244>
1963年Hughesらが溶液相分離挙動に関し,PEA(ポリアクリル酸エチル)とポリスチレン(PS)を共通溶媒に溶かした2相分離を示す溶液に,PEAとPSのグラフト共重合体を添加すると,溶液が2相分離を示さなくなることを見いだした。そこで,このグラフト共重合体を「相溶化剤」(Compati-bilizer)とよんだことに始まる。現在,種々の経過を経て,コンパティビライザーは熱力学的意味の相溶化からは離れ,工学関係では「ブレンドにおける2種の高分子の性質の違いを緩和させ,相分離構造を安定化させる能力を有する化合物」という意味で用いられている。そして,一般的にはブロックまたはグラフト共重合体という特定の高分子種を選び,それを元来非相溶の2種の高分子より成るブレンド物に添加することにより,その性質をある程度まで変化させうることが広く知られてきた。それはその化合物が相分離界面の状態を変える能力をもつからで,このような化合物を「コンパティビライザー」と一般によんでいる。 Kobunshi, Vol.40, p.260 (1991)

カップラ型光スイッチ<p546>
薄膜内にある条件で光を入射すると,光が膜の表面で全反射を起こすために光を膜内に閉じ込めたまま伝搬させることができる。この原理を用いた光の伝送路を光導波路という。光は導波路およびその境界の条件により決まるモードで伝搬し,光導波路内には電界の分布が生じる。光の電界は導波路外にも一部しみ出す。光導波路は,光信号を効率よく伝搬させることが基本的な機能であるが4導波路の幾何学的な組み合わせ等により光の分岐,スイッチ等の機能も実現させうる。方向性結合器(カップラ)とよばれるものも光導波路を基本にした素子の一つであり,2個の光導波路が光の波長程度の距離に接近している。それぞれ光導波路の中の光は相互に干渉し,そのモードの間に結合が起こる。この導波路の結合領域に,外部から屈折率を変化させる機構を追加すれば,導波路間の結合度の調整や,2つの導波路間のエネルギーの授受をスイッチするカップラ型光スイッチが構成できる。 Kobunshi, Vol.43 , p.558 (1994)

クライオ電顕法<p95>
電子顕微鏡(電顕),特に透過型電顕を用いて構造観察する場合,試料を極低温(数K(ケルビン)または液体窒素温度)に保って観察する手法を「クライオ電顕法」と呼ぶ。有機・高分子材料を電顕を用いて観察する際,試料が絶縁性であるためにチャージ・アップする以外に,電子線損傷が問題になる場合が多い。試料に入射した高速電子線は,軽元素のたたき出し,結合の切断,イオン化によってその構造を破壊する。電顕観察時に試料温度を絶対零度近くに保つことで,その電子線損傷を10~102倍低減することができる。分解能を保証しつつ試料を低温に保つため,Nb3Snの超伝導対物レンズに試料をおくもの,あるいは拓の超流動を利用することで冷媒の沸騰を除去し,からの試料を1K以下に保つ極低温電顕が開発され,ポリエチレンや脂肪酸金属塩薄膜の格子像および生物試料の高分解能観察に成功している。また,高分子ゲルまたは生物試料において,水分子をグルコースなどに置換することで真空中での観察に耐えるようにする方法に替わって,含水試料を液体窒素に急冷することで,水を非晶質氷としその温度で観察することが行われている。これは,市販の電顕に装着可能な「クライオ・トランスファー・ホルダー」を用いて行う。 Kobunshi, Vol.43 , p.112 (1994)

グラッド材料<p763>
 光ファイバーはコア(芯)部とそれを被覆するグラッド(鞘)部の2層構造から成り立っている。基本的には高い屈折率を有する透明材料がコア材に,それより低い屈折率を有する材料がグラッド材に用いられ,入射光は光ファィバー内部のコア部とグラッド部の界面で全反射を繰り返して伝送される。したがって,光ファイバー内での光の伝送損失を抑えるために,グラッド材料にはコア材料より2~3%以上低い屈折率と高い透明性が要求される。また,界面での散乱損失を防ぐためにコア材料に対する良い接着性,さらに,コア材料の保護のために高い機械的強度,屈曲性などの特性も必要である。現在,グラッド材料として含フッ素ポリマーが多く用いられている。これはフッ素原子の分極率が小さいので,含フッ素ポリマーは低い屈折率を示すからである。代表例として,フッ化ビニリデンポリマー,フッ化ビニリデンーテトラフルオロエチレン共重合体,含フッ素アルキルエステル残基を有するポリメタアクリレートなどがあげられる。 Kobunshi, Vol.41 , p.782 (1992)

クレイズ(craze)<p389>
もともと陶器の表面にみられる細かなひび割れ状の模様のことをいう。しかし,高分子に現れるクレイズは単なるひび割れではなく,ボイドとフィブリルからなる。クレイズの二つの面が直径5~30 nm の細い多くのフィブリルで橋かけされており,応力を支える能力がある。クレイズの中のボイドは独立したボイドでなく連続したボイドである。クレイズが発生する現象をクレイジング(crazing)というが,クレイジングは微視的な塑性変形である。クレイズは破壊の前駆体と考えられているが,破壊につながるのはクレイズの強度以上の応力が材料に作用した場合で,クレイズに作用する応力がクレイズの強度以下の場合は安定に存在し,じん性を高める。ぜい性高分子にゴムをブレンドした場合はその例であり,クレイズは相反した二つの面をもっている。延伸速度の増加あるいは温度の低下によってせん断降伏応力が増加するのでクレイズができやすい。またクレイズの発生には,クレイズの表面の高分子鎖の切断を必要とするので,からみ合い密度の低い高分子はクレイズができやすくぜい性的である。 Kobunshi, Vol.42 , p.416 (1993)

ゴム状平担部<p418>
よく絡み合った屈曲性高分子液体のカ学的性質は,加えた歪みの速さ(例えば周波数)と鎖の緩和時間の大小で決る。すなわち,歪みが非常に速いとガラスのような剛い性質が,非常に遅いと水飴のような柔らかく粘い性質が,また,中間の速さの歪みに対しては架橋ゴムと同様に歪みの速さ依存しない弾性が観察される。このゴムと類似の挙動は貯蔵剛性率,緩和剛性率について最も明確に観察され,これらの耐性率が示す周波数や時間に依存しない平担部をゴム状平担部と呼ぶ。絡み合いは鎖のある程度以下のスケ-ルの運動には影響しないが大規模運動を著しく遅延する。このため,絡み合い鎖の緩和は非常に異なる時定数を持つ局所緩和と全体緩和に分裂し,ゴム状平担部は全体緩和の初期過程に対応する。このような平担部の長さ,すなわち,局所緩和と全体緩和の時定数の差は分子量Mと共に大きくなる。一方,平担部剛性率陥GN0はMに依存せず,単位体積中の鎖contour長の総和と関係づけられている。GN0にゴム弾性理論を適用して算出される絡み合い点間分子量Meは絡み合いを特徴づける基本パラメータの一つとして良く用いられる。 Kobunshi, Vol.43 , p.438 (1994)

画像間の相関およびコンボリューション<p644>
2つの画像の透過率をf(x, y)とg(x, y)とする.fとgを重ねて,一方の画像を横・縦(X, Y)にずらしながら,後ろから一定の光を照射して透過する全光量をZ軸に表示する演算を考えてみる。 2種類の積分  Z1(X, Y) = ∫∫f(x, y) g(x-X, y-Y)dxdy  Z2(X, Y) = ∫∫f(x, y) g(X-x, Y-y)dxdy においてfとgの向きが同じ場合の演算Z1を相関,また一方のgを反転(180度回転)させた場合の演算Z2をコンボリューションという。  fとgの相関を利用して,画像fとgの類似性やfの中にあるgの位置の認識などが可能となる。このような方法をマッチトフィルタリングという。また,fとgのコンボリューションを利用して,gを空間周波数フィルターとすれば,fの空間周波数特性を変えることができる。この方法を空間周波数フィルタリングという。例えば,これにより画像fの輪郭の強調やスムージングが可能になる。光学的にはこの種の演算を一瞬にして行うことができる。 Kobunshi, Vol.41 , p.662 (1992)

格子理論<p421>
溶液の混合自由エネルギー(特に混合エントロピー)を求めるために展開された統計力学理論。体系を,最小の基本粒子(モノマー)と同じ大きさの仮想的な細胞格子に分割し,この上に分子を配置させることにより,可能な分子配位の数を数えたり,隣り合う分子間の相互作用を見積ったりする理論。低分子についてはGuggenheimなどの研究を経て,イジング模型と等価であることが示されている。高分子溶液のように,大きさの極端に異なる2種分子間の混合エントロピーを初めて求めたのはP,J.Floryで,モル分率ではなく体積率が基本的な役割を果たすことを指摘した。一方,混合エンタルピーについてはvan Laar 型を仮定し、そこに現われる相互作用を表すパラメー夕の実体を研究したので,このパラメー夕はFloryのχパラメークと呼ばれている。Floryは1941年夏の学会で,M.Hugginsが同じ理論を発表しているのを知り共著を願い出るが,Hugginsから独立に発表するように勇気づけられた。格子理論は広い濃度,温度領域で適用できるので,溶液の相図の研究には欠かせない理論である。 Kobunshi, Vol.43 , p.438 (1994)

含ホウ素無機セラミックス<p562>
含ホウ素無機セラミックスは,その酸化物がガラスなどに広く利用されている。一方,ボロンナイトライドやボロンカーバイドなどの非酸化物系含ホゥ素無機セラミックスは高融点(ボロンナイトライドは3,000℃)で耐火性があり,調製法により立方晶系,六方晶系などの結晶となり,例えば立方晶系ボロンナイトライドはダイヤモンドにつぐ硬度をもつことで知られている。これらの特性を生かして,ボロンナイトライドをはじめとする含ホウ素無機セラミックスは,半導体デバイスの誘電体材料などへの応用が期待されている。  従来、含ホウ素酸無機セラミックスは原料粉体の焼結で調製されていたが、最近、ポリマー前駆体を用いる手法が注目されている。この手法の利点は、(1)その組成が自由に変えられる、(2)低音(温和な条件)でセラミックスが調製できる、などであり、ポリ(ビニルペンタボラン)やポリ(ビニルボラジン)、ポリ(ボラジレン)、ポリ(デカボラン)、などの加熱焼成により、ボロンカーバイドやボロンナイトライドが合成されている。 Kobunshi, Vol.42 , p.581 (1993)

局所密度汎関数法(LDFM)<p750>
原子,分子や金属のような多電子系の物理的性質を計算によって予測するためには多電子系のシュレディンガー方程式を解くことが基礎となる。しかし厳密な形でこれを遂行するのは不可能なので,さまざまな近次が使われる。HartreeやHartree-Fockの方程式や,量子化学の分子軌道法はその代表例である。HohenbergとKohnは多体系の基底状態が電荷密度の汎関数となることを根拠として変分法によって基礎方程式が導けることを示した。引き続きKohnとShamはこの方程式の中の交換相関相互作用のエネルギーが電荷密度の局所的な関数となる時,この方程式が一体のシュレディンガー方程式と類似した(Kohn-Shamの)方程式となることを示した。この近次法を局所密度汎関数法(LocaトDensity-Fuctional Method)とよぶ。その後電荷密度が局所的な関数であるという制限をゆるめた密度汎関数法も提案されている。いずれの方法も分子軌道法などより計算量が少なく,対象となる系を大きくとれるという長所があるとされ,金属や半導体の材料設計,あるいは生体高分子の計算への応用が試みられている。 Kobunshi, Vol.40 , p.759 (1991)

極限的反応座標<p198>
化学反応(素反応)の断熱ポテンシャル曲面上で原系から生成系への移動を考えるとき,通常,原系・生成系に対応するポテンシャル極小点(平衡構造)とその間の鞍点(すなわち遷移状態)が存在する。遷移状態において基準振動を求めると,安定構造を有する分子と異なり虚の振動数をもつ振動が一個あらわれる。この基準振動が反応座標に対応し,ある相互作用系においていったん鞍点が定まると,そこから出発して無限小の速度で原系あるいは生成系に至る経路を定めることができる。このような仮想的な経路を極限的反応座標(intrinsic reaction coordinate)あるいは固有反応座標とよぶ。極限的反応座標はエネルギーを保持しないため,古典運動方程式を解いて得られる山を下って加速するとポテンシャル面をかけのぼるような振動を始める軌跡には対応しないが,ポテンシャル面の特徴をよく表現しており,実際の軌跡の中心線と考えられる。実際には,還移状態から出発してIRC計算を行ない,この還移状態がどの反応系と生成系を結び付けているかを確認するために利用されている。 Kobunshi, Vol.41, p.211 (1992)

屈折率増分<p105>
高分子溶液の濃度cの変化に対する屈折率nの割合。通常,微分係数dn/dcで表現される。光散乱法により高分子の平均分子量を求める際に必要な量である。屈折率増分は一般的に溶液の種類,測定光波長,温度などに依存する。また,溶液の濃度が高い場合は濃度依存性も考慮することもある。屈折率増分の値を知るには示差屈折計を用いて測定するか,交献値を引用する。種々の高分子溶液系についての値がHuglfn編の単行本(“Light Soattering from Polymer Solutlons", Academfc Press, 1972) に掲載されており便利である。ただし,最近,測定光として用いられているHe-Neレーザー光(波長633 nm)についての値は掲載されていないので,論文などに直接あたる必要があるのが不使な点である。 文猷値には測定者により大きなばらつきのある場合が多く,屈折率増分の誤差は分子量値に大きな誤差をもたらすので,正確な値が必要な場合は文献値に頼るよりも実測することが望ましい。また,オリゴマー溶液の場合は屈折率増分が分子量に依存する場合もあるので注意を要する。 Kobunshi, Vol.42 , p.112 (1993)

結晶化度<p743>
結晶性高分子の固体構造は,結晶部分と無定形部分とから成っており,その結晶部分の割合を結晶化度(degree of crystallinity)という。結晶化度は結晶性高分子材料の性能,例えぱポリアミドや超延伸ポリエチレンなどの繊維の強靭性あるいはポリエチレン・ポリプロピレン等のフィルムや射出成形品の剛性などを左右する重要な高次構造因子である。結晶化度の測定には,密度法・X線回折法・赤外法・NMR法・熱分析法など多くの方法が用いられる.ただ,結晶構造の規則性が反映される範囲は測定方法によって異なるため,各測定法間の側定値は必ずしも一致しない。  高分子材料の結晶化度制御因子には,分子構造や造核剤(結晶化促進剤)等の材料因子と成形加工条件などの工程因子がある。材料因子の分子構造では,分子量や分子量分布が重要であり,また,共重合による結晶化度の低下は,コモノマーの種類と量に依存することが知られている。近年,話題のポリプロピレンの高剛性化は,立体規則性制御による結晶化度の向上に負うところが大きい。一方,加工工程では,徐冷や延伸,熱処理などによって結晶化度が増加する。実際の成形品の固体構造は,射出成形等におけるスキン・コア構造め形成や測定部位による変化,ポリプロピレンなどにみられる結晶変態の共存(スメチカ晶とα晶,α晶とβ晶),ポリ-1-ブテンにみられる時間経過に伴う結晶転移など複雑であり,結晶化度を取り扱う際には詳細な結晶構造解析を行うことが重要である。 Kobunshi, Vol.42 , p.763 (1993)

原子団寄与法<p745>
化合物の物性を予測する半経験的方法の一種。構造物性相関(QSPR)ともよばれ,医薬や農薬等の薬理活性と分子構造との相関を解析する手法である構造活性相関(Hansch-藤田の方法)を物性の分野に拡張したものと言える。この方法では,実測値に基づいて,化合物 を構成する原子団(エステル,アミドなど)に対して,さまざまなパラメータ値を決めておき,これらの和を用いて,新規化合物(新たな原子団の組み合わせ)の物性を推算する。高分子化合物の場合は繰り返し単位を構成する原子団について和をとり,モル体積,凝集エネルギーなどの基本的な物理量を求めた上で,これらから密度,ガラス転移温度などを推算する。原子団に対するパラメータ値を決定する際に実測値データが必要となるが,分子軌道法や分子動力学法などの理論計算では現在評価できない高分子固体物性についても推算が可能という点や,現在保持しているデータを有効に利用できるという点で有用な方法である。高分子の分野では,Van Krevelen,Askadskiiらの方法がよく知られており, また近年種々の手法が提案されている。 Kobunshi, Vol.40 , p.759 (1991)

古典ゴム弾性理論<p394>
この表現は特にある時期に明確に定義されたというものではない。ゴム弾性理論は1805年のGoughによるゴムの熱と弾性の実験に始まり,その後停滞するが,1932年のMeyerらによる分子鎖の動力学概念の導入によって急速に進み,Guth,Kuhn,James,Treloar,Floryなど多くの学者によって1940年代にゴム弾性理論として一つの完成をみた。よく知られるように(1)自由に回転するリンクをもつ長い鎖状高分子 (2)弱い分子間力(3)分子鎖集団の三次元網目構造と結合点のアフィン変形という基本的な仮定の下にこの理論は完成する。しかしその直後,1951年にRivlinらによって実在ゴムの特性との違いが二軸伸長実験によって指摘され,ゴム弾性理論研究は第二段階に入ることになる。今日,研究者は1940年代に完成したこのゴム弾性理論をclassica1 theory(またはclassical kinetic theory)of rubber elasticityとよんで区分するが,筆者にはclassica1のもつ完成された美しさへの尊敬の意昧もこめてこの表現が使われているように思われる。 Kobunshi, Vol.42 , p.416 (1993)

固相法ペプチド合成<p613>
年々ペプチド合成の需要が増え,その迅速簡便さと自動化が求められている。従来の液相法合成ではアミノ成分とアシル成分とをそれぞれ溶液状態にし,アシル成分のカルボキシル末端を活性化して縮合反応によるペプチド結合の生成を行い,未反応の各成分や縮合剤および副生成物等を除去し,精製確認ののち,生成したペプチドのN末端の保護基を除去し,次のカップリングのアミノ成分とし,反応に用いてペプチド鎖を伸長した。したがって,各アミノ酸導入ごとに精製に多くの時間と労力を要した。一方,1963年メリフィールドは固相合成法を発表した。この方法ではペプチドのC末端カルボキシル基を固相支持体に共有結合させ,アミノ酸をそのN末端方向に順次結合し,ペプチド鎖を構築する。各反応後はぺプチド樹脂を洗浄するのみで精製確認はしない。合成終了後ペプチドを固相より,切り出し,通常同時に側鎖保護基も除去してフリ-のペプチドとする。液相法と同様伸長反応はアシル成分のカルボキシ基を活性化する活性イヒ,カップリング,脱保護は,目的のペプチド鎖の完成まで繰り返し行う。合成機は,これを自動的に行う装置である。 Kobunshi, Vol.43 , p.625 (1994)

酵素触媒重合<p308>
広義にいえば生体内で巨大分子はすべて酵素を触媒として合成される。ここでの酔素触媒重合(enzymatic polymerization)は試験管内における酵素を触媒とする非生合成経路による重合反応をいう。従って発酵法を用いるような高分子合成は含まない。有機合成において酵素触媒は比較的古くから広く利用されてきたが,酵素を触媒とする重合は新しく,この概念はまだ数年にみたない。この重合においては酵素触媒の特微である反応の立体化学および位置選択性が厳密に制御され温和な条件で重合が起る。このような特徴を利用して最近セルロースが初めて化学合成された。酵素触媒重合が起こるにはモノマーが基質として酵素に認識される必要があるので,モノマーと酵素の組合せが鍵となる。酵素の種類としては加水分解酵素や酸化酵素が知られている。重合触媒作用からみると酵素触媒はラジカル重合触媒,イオン重合触媒,遷移金属重合触媒などと対比されるカテゴリーに属するとみなすことができる。酵素触媒重合の特徴が活かされ,従来不可能であった高分子の合成が可能になる例がますます増えることが期待される。 Kobunshi, Vol.42 , p.330 (1993)

高出力プロトンデカップリング(DD)とマジック角試料回転(MAS)<p960>
固体試料を溶液試料と同じ手法でNMR側定すると幅の広い低分解能スペクトルが得られる。13Cや15Nにおいては,粉末固体のNMR線幅の原因は主に(1)まわりの1Hの双極子モーメントのつくる局所磁場の異方性と(2)イヒ学シフトの磁場方向にたいする異方性である。溶液試料においては,速い等方的な分子運動によりこれらは時間平均として消失している。そこで固体試料においては,これらを人為的に取り除かなければ高分解能スペクトルが得られない。まず(1)は1Hに高出力(~15ガウス)のラジオ波を照射し,1Hの双極子モーメントを高速反転することで平均化して取り除くこのようなプロトンデカップリングの手法は溶液においてスカラー結合(J)をするのにも使われている(J-デカップリング)。ではそれと区別して双極子デカップリング(DD)と呼ぶことが多い。(2)は試料を磁場方向と54,7度(マジック角)をなす軸のまわりに高速回転(~5 kHz)して取り除く。この手法をマジック角試料回転(MAS)とよぶ。 Kobunshi, Vol.42 , p.986 (1993)

高分子による細胞の融合<p702>
モノクローナル抗体の生産に有用な雑種細胞を作るために,組織培養において二つの異なる細胞を融合することが広く行われている。この細胞融合は,ウィルス(センダイウィルスなど),高分子化合物(ポリエチレングリコールなど),あるいは他の手段(電気刺激など)によって促進される。細胞融合剤として実際に用いられている高分子化合物はポリエチレングリコールのみであり,モノクローナル抗体を生産する融合雑種腫傷細胞(ハイブリドーマ)のための細胞融合剤として一般的に用いられているのも,ウィルスとか電気刺激ではなく,ポリエチレングリコールである。  ところが,ポリエチレングリコールが細胞融合に最も頻度高く使用されているにもかかわらず,その細胞融合機構に関する基礎研究はほとんど発表されていない。われわれの研究によれば,ポリエチレングリコールにごく微量だけ含まれている酸化防止剤は細胞融合に大きな役割を果たしていない。また,高分子化合物の中でポリエチレングリコールのみが細胞融合を大きく促進するのではなく,条件さえ選べば,他の化合物でも細胞融合を引き起こす。 Kobunshi, Vol.41 , p.722 (1992)

高分子物性の加成則<p753>
高分子物性の予測や実験式としてよく用いられるものとして,加成則がある.これは754頁(1)式に示されるように物性値Pがその制御要因xiと寄与率αiの積の和で表わされる場合,加成則が成り立つという。  制御要因は構成原子または原子団であることが多く,基本物性である比重,比熱,ガラス転移点,引張り強度,吸光度,屈折率,親水性,疎水性,NMRの化学シフトなど加成則で表わされるものが多い。  このことは高分子の研究開発に必要な物性の予測や実験結果の整理,または評価が簡単にできることを示しており,高分子設計の手法の一つとして確立している技法である。  線形であるということは計算が簡単になり,手計算の時代には大きな利点であった。計算機の普及した現在でも考え方としては便利である。また原子団として扱うことで非線形の相互作用を線形で表現できるので,立体規則性のような効果を含めて実際に対象として扱える範囲は見掛け以上に広い。  また機構解明,データ解析などにおいて要因解析にも有効である。 Kobunshi, Vol.40 , p.759 (1991)

干渉性散乱と非干渉性散乱<p733>
中性子は原子核と相互作用して散乱するが,核のスピン状態に従って散乱波の位相が異なる。室温付近では水素の核スピンの向き(±1/2)は乱雑であるため水素を介した散乱の大半は構造の情報を示さない非干渉性散乱となる。これは構造の情報を示す干渉性散乱に対してノイズであり定量的に除去する必要がある。また試料の水素の核スピンを低温強磁場中(1Kと数テスラ)で偏極すれば非干渉性散乱を消去できると同時に,干渉性散乱の強度を決定するコントラスト(干渉性散乱長)を換えることができる(核スピンコントラスト変調法)。核スピンを偏極する技術は動的核スピン偏極法と呼ばれ,今後の高分子研究に有望な技術であり現在 JRR-3で開発中である。 Kobunshi, Vol.58 , p.741 (2009)

環崩壊ラジカル交互重合<p793>
リン,ヒ素,アンチモンなどのヘテロ原子のみによって環が構成されるホモ環状化合物とアセチレン類のラジカル共重合では,ホモ環状化合物の環崩壊をともないながらヘテロ原子がアセチレン由来のユニットの間に一つの原子ユニットずつ挿入された構造をもつ交互共重合体が生成する。一般にラジカル重合は,ラジカル種がモノマーの不飽和結合に対し付加反応(もしくは開環をともなう付加反応)を繰り返し起こすことによって連鎖的に進行し,2種のモノマーのラジカル共重合ではモノマー反応性比によってランダム共重合体,交互共重合体などの高分子を与える。これに対し,これらのホモ環状化合物とアセチレン類とのラジカル交互共重合では,ホモ環状化合物が一つ一つのヘテロ原子の単位にまで開裂してアセチレン由来のユニットの間に含まれた共重合体が生成する。なお,共重合過程におけるモノマーの消費率や生成する共重合体の分子量の変化,ホモ環状化合物のラジカル反応性の検討結果から,ヘテロ原子由来のラジカルのアセチレン類への付加反応が律速段階であり,また重合後期に共重合体の分子量が急激に増加することから逐次重合機構で進行していると考えられている。 Kobunshi, Vol.58 , p.809 (2009)

共鳴励起エネルギー移動 (Fluorescence Resonance Energy Transfer:FRET)<p321>
近接した2個の色素分子の間で,励起エネルギーが蛍光として放射される前に,電子の共鳴的双極子-双極子相互作用により直接移動する現象。このため,一方の分子(ドナー)で吸収された光のエネルギーによって他方の分子(アクセプター)から蛍光が放射される。ドナーの吸収スペクトルはアクセプターの吸収スペクトルよりも短波長側にある必要がある。ドナー,アクセプター間のエネルギー移動の速度定数kTは以下のようにあらわされる。 kT∝1/τ(R0/r)6 ここでτはアクセプターが存在しないときの蛍光寿命,rはドナーとアクセプター間の距離である。R0はフェルスターの臨界半径であり,R0∝(φ∫0∞ID(λ)εA(λ)λ4dλ)1/6で与えられる。ここでφはアクセプターが存在しないときの蛍光量子収率,∫0∞ID(λ)εA(λ)λ4dλはドナーの蛍光スペクトルID(λ)とアクセプターの吸収スペクトルεA(λ)の重なりをあらわす。 FRETの効率φTはφT=1/1+(r/R0)6で決まる。FRETは有機電界発光素子やタンパク質間相互作用の解析にもよく利用される。 Kobunshi, Vol.59 , p.329 (2010)

枯渇相互作用 <p473>
非吸着性の高分子が,コロイド粒子間に誘起する実効的な引力相互作用を枯渇相互作用という。高分子の重心は,コロイド粒子表面から高分子の慣性半径程度の距離の領域に,形態変化にともなうエントロピー的なコストを支払うことなく進入することはできない。この領域を枯渇領域という。枯渇領域の分,高分子重心の配置エントロピーは減少している。二つのコロイド粒子の枯渇領域が重なり合うと,その分高分子重心の配置エントロピーは増加し,系の自由エネルギーは減少する。すなわち,コロイド粒子間には実効的な引力相互作用が働くことになる。枯渇相互作用は,コロイド粒子と高分子鎖の間の排除体積効果によって生じる,純粋にエントロピー的な相互作用である。コロイド粒子表面からの高分子重心の排除によるエントロピーの減少がこの相互作用の起源であることから,枯渇相互作用の到達距離が高分子の慣性半径程度であり,強さが高分子濃度に比例することが直感的に理解できる。枯渇相互作用の記述には,高分子の排除体積効果の記述の仕方に応じて,いくつかのモデルが存在する。 Kobunshi, Vol.59 , p.481 (2010)

鏡像電荷効果 (Image Charge Effect) <p477>
誘電率の異なる2媒体の界面近傍に電荷が存在するときに,界面から受ける静電効果。電荷Qに対して,界面に対称な位置に鏡像電荷Q’

を仮定すると,界面の存在を考慮せず静電ポテンシャルを扱える。(ea,ewはそれぞれの媒体の誘電率)1)たとえば図の水面系では,誘電率の大きな水側にイオンがある場合,Q’はQと同符号となり静電斥力を界面から受けることになる2)。空気側に電荷があれば引力となる。NaClなどの塩水溶液の表面張力の増加をもたらす小イオンの表面枯渇には,鏡像電荷斥力の寄与が大きい3)。電荷が1~数個の低分子界面活性剤ではこの効果は弱く,アルキル鎖による疎水吸着が勝る。多数のイオンをもつ両親媒性高分子では,鏡像電荷斥力が疎水吸着に勝ることがあり,このとき「界面不活性」になると考えられている。
1)J. D. ジャクソン, “電磁気学(上)”, 第2章, 吉岡書店(2002) 2)池田勝一,“コロイド化学”, 第4章および付録B, 裳華房(1986) 3)L. Onsager and N. N. Samaras, J. Chem. Phys., 2, 528(1934) Kobunshi, Vol.59 , p.481 (2010)


高分子膜形燃料電池 <p697>
高分子膜を電解質とする燃料電池を本稿では広く「高分子膜形燃料電池」とした。現在,企業や大学で研究開発が集中的に進められているのは,パーフルオロスルホン酸構造を有するNafionィなどのイオン交換膜を用いた燃料電池で「固体高分子形燃料電池」と呼ばれている。この燃料電池の特徴は,電解質が高分子であるため固体薄膜化が可能で,エネルギー・出力密度が高く,かつ室温以下からでも起動できることである。日本では2009年世界に先駆けてこれを用いた家庭用燃料電池システム(エネファームと呼ばれている)が発売された。しかし,この電解質膜が高いプロトン伝導性を示すのは充分に加湿されているときだけであるため,稼働中常に加湿を続けなければならないし,また通常80℃以下の稼動となる。今後,燃料電池が車両などに広く応用されるためには,電極触媒であるPt量の低減と,無(低)加湿で室温以下から100℃以上の温度範囲で稼動可能な燃料電池の開発が不可欠と考えられている。後者にかかわる高分子膜開発では,イオン交換容量の増大,ブロック共重合体を用いたプロトン伝導チャンネルの形成などが広く検討されている。本稿で紹介した高分子膜形燃料電池は,これまでの電解質膜中の水の代わりに熱安定性の高いイオン液体を用いた独自システムである。Kobunshi, Vol.59 , p.709 (2010)

コントラスト変調法 <p701>
散乱とは,物質中に屈折率(光散乱),電子密度(X線散乱),散乱長(中性子散乱)などといったコントラストの違いがあるとき,それぞれ光,X線,中性子線が入射すると起こる現象である。系が2相系(あるいは2成分系)であれば散乱関数は一義的に定まるが,多相系や多成分系の場合では,異なる組み合わせの2相(あるいは2成分)間の干渉が入り交じった形の散乱関数となり,構造情報を抽出することが難しい。そこで,一つの相(または成分)の散乱長密度や屈折率をほかのいずれかに一致させることで,見かけ上,相や成分の数を一つ減らし散乱関数を単純化する方法がとられる。これをコントラストマッチング法という。さらに,一つの相(または成分)の散乱長密度や屈折率を多段的に変化させて対象とする相(または成分)数より多い数の散乱関数を実測し,得られた散乱関数を特異値分解により2体間の散乱関数の組みに分解する方法をコントラスト変調法という。いわば,コントラスト因子を係数とする連立方程式を解くことで散乱関数を分離・評価する方法である。コントラスト変調法ではそれぞれの相(成分)の構造や相対的位置のみならず,異なる相(成分)間の構造情報,たとえば界面構造についての知見が得られる。Kobunshi, Vol.59 , p.709 (2010)

キラルネマチック液晶<p785>
キラルネマチック液晶(N*-LC)はねじれ構造を有する液晶であり,コレステリック液晶とも言われる。コレステロール誘導体を含む液晶をコレステリック液晶,ネマチック液晶(N-LC)に光学活性体をキラルドーパントとして添加することで誘起される液晶を N*-LCと区別する場合もある。キラルドーパントのねじれ力(らせん誘起力,本文参照)や添加量を変えることで,N*-LCのらせんピッチを制御することができる。N*-LCは,波長がらせんピッチと等しく,しかもらせんの巻きと同じ向きの円偏光を反射する選択反射という性質をもつ。らせんピッチは温度や不純物の濃度で変化するため,選択反射の波長も変化する。N*-LCに見られる虹色の干渉色はこの選択反射光によるものである。らせんピッチは温度や電場・磁場により可変であるため,この性質を利用して,液晶ディスプレイやサーモグラフィーなどへの応用研究が進められている。 Kobunshi, Vol.59 , p.789 (2010)

高偏斥な高分子鎖<p126>
異種高分子を溶融状態で混合した場合に,分子鎖レベルで混合して一相状態となるか,あるいは相分離するかはおもに熱力学的に決定される。Flory-Haggins 理論によると混合にとも なうエンタルピィ変化は相互作用パラメーターχと高分子の重合度N との積χN に比例する。χN が大き くなるにつれ,高分子鎖が相溶し一相状態を形成することがエネルギー的に不利となり,臨界値を超え ると相分離が発現する。ここで,χが大きい,つまり,異種高分子鎖間の斥力相互作用が大きい組み合 わせを高偏斥な高分子鎖系と呼ぶ。高分子ブロック共重合体がミクロ相分離により形成する構造のサイ ズを微細化するためにはN を小さくする必要がある。しかしながら,N の低下にともない,χN が臨界値以 下となるとミクロ相分離が発現せず構造を得ることができない。そのため,微細な構造を形成するため には高偏斥な高分子鎖の組み合わせからなる高分子ブロック共重合体を用いる必要がある。Kobunshi, Vol.60, p.134 (2011)

コヒーレントX線<p178>
干渉性の高いX線のこと。X線は波長の短い電磁波(光)であるため,可視光と同様に波の山や谷の位置が揃っている (位相が揃っている)ときに,優れた干渉性を示す。コヒーレントX線は干渉性が高いだけでなく,(1)単一波長に近い(単色性), (2)光が広がらずに進む(指向性)といった特長がある。従来はコヒーレントX線を得るためには,シンクロトロン放射光などの高輝度X線から スリットなどでコヒーレントな部分を選別する必要があったが,近年X線自由電子レーザーの建設が進み,コヒーレントなX線を利用できる 環境が増えつつある。XPCSのほかにも,オーバーサンプリングなどの位相回復手法と,コヒーレントX線とを組み合わせて,X線の波長程度の 分解能で実空間構造を測定する回折顕微法がコヒーレントX線の応用例として注目を集めている。 Kobunshi, Vol.60, p.190 (2011)

クチクラ(Cuticle,Cuticla)<p294>
表皮や上皮等の体表細胞から分泌される外層。さまざまな生物で総称として用いられる。毛髪表皮においてはキューティクルと呼ばれ,システイン含量の 多いケラチンタンパク類,非ケラチンタンパク,脂質などから構成される複雑な階層構造を形成している。植物においては,クチン(cutin)と呼ばれる 不飽和脂肪酸の層に非水溶性の脂肪酸エステルワックスが浸透したクチクラ層(cuticular layer)が形成され,乾燥耐性を付与し,病原菌の侵入や紫外線に よる傷害を防ぎ,表皮の光沢や機械強度の増強をもたらしている。昆虫や節足動物では,クチクラは外骨格や翅を構成する。昆虫の上皮細胞は,多糖であるキチン質と タンパク質を含む厚さ 200 μm ほどの原表皮(procuticle)を分泌する。キチンは高濃度溶液中ではリオトロピック液晶を形成し繊維状構造となり, アルスロポディン(arthropodin)やレジリン(resilin)などの βターン構造を含む水溶性のタンパク質が,キチンのナノ繊維に規則的に結合した複合構造体を形成する。さらに原表皮の外層は,フェノール系化合 物 に よ る 架 橋 や 脱 水 に よ っ て 硬 化 し , 外 原 表 皮(exocuticle)と呼ばれる硬い構造になる。クチクラのヤング率は数キロから数十ギガパスカルに至ること から,翅や骨格など多様な部位に使われる。またキチン繊維が形成する高次会合体構造は構造色発現の起源でもある。 Kobunshi, Vol.60, p.310 (2011)

構造発色<p298>
光の波長あるいはそれ以下の微細構造に,白色光が当たって発色する現象を構造発色と呼ぶ。自然界の色は,この 現象による「構造色」と色素による「色素色」の 2 種類に大別される。構造色は,光のエネルギーの一部が失われることによる発色ではないことから,構造 が保存されている間は,退色や劣化を生じず,永遠にその色が保存される。構造色は,光の散乱,屈折,干渉,回折などの現象によって生じ,その構造には,薄膜や屈折率の異な る層が積層されている多層膜構造,コレステリック液晶に類似した構造,微小球体が周期的に配列したフォトニック結晶,回折格子などがある。自然界には 光の干渉による構造発色が多く認められ,たとえば,蝶・玉虫・コガネムシ・ハトの首の色・真珠・イカの反射板やオパールなどの発色がこれに相当する。 Kobunshi, Vol.60, p.310 (2011)

コア・シェル型ナノ粒子<p374>
二種類以上の金属元素からなるナノ粒子のうち,一種類の金属元素がナノ粒子の中心(コア)を形成し て,他方の元素がその回りを殻(シェル)で覆うように配列したナノ粒子。コア・シェル型ナノ粒子は, それぞれコア,シェルとなる金属イオンを段階的に還元する逐次還元法や,二種の金属イオンを同時還 元することによって得られる。Pd コア・ Au シェルのようにイオン化傾向の低い金属が外側に配置された構造は,逆コア・シェル型ナノ粒子といい,調製に工夫が必要である。逐次還元法 でコアの Pd 上にシェルとなる Au を還元すると,同時に Pd が酸化されて Pd2+イオンとなるため,通常の コア・シェル型もしくは Au クラスターが Pd クラスターの中に混じり込んだクラスター・イン・クラスター構造となってしまう。逆コア・シェル型構造を 形成させるには,Pd コア表面にあらかじめ水素を吸蔵させて還元状態を保ちながら,続けて Au を還元する犠牲水素還元法などを用いる必要がある。 Kobunshi, Vol.60, p.390 (2011)

回転ディスクボルタンメトリー法<p382>
電気化学測定法の一つである。ディスク型電極を一定速度で回転させることで電極周囲に強制的に対流 を発生させ,電極表面へ供給される基質の量をコントロールする。この際の電極に流れる電流密度はKoutecky-Levich 式と呼ばれる式であらわすことがで き,電極触媒の評価にあたって,物質輸送(拡散)成分と反応速度成分を分離することが可能である。たとえば酸素還元触媒の評価においては,水溶液の粘 度や酸素の拡散係数,飽和濃度などは既知であるので,拡散の成分から酸素1分子当たりの還元電子数(反応式)が見積もられ,反応速度成分から触媒の活 性そのものが得られる。 Kobunshi, Vol.60, p.390 (2011)