ポリワーズ さ行 

ポリワーズ

〔さ行〕


水素結合相関関数<p65>
水素結合をドナーiとアクセプターj間の距離と配向(または相互作用エネルギー)で定義し,これらがある条件を満たす場合を結合状態(sij(t)=1),条件から外れる場合を切断状態(sij(t)=0)とする。熱揺らぎにより水素結合は1ピコ秒前後の非常に短い時間で結合と解裂を繰り返しており,これに合わせてsij(t)は1または0に交互に変化する。このsij(t)について本文図4の式で表わされる自己相関関数を定義する。〈…〉はアンサンブル平均であり,対象とするすべてのi-j対,および,時間原点t0について平均をとる。このようにして得られた水素結合相関関数は,i-j対が結合と解裂を繰り返しながら徐々に離れていく(相関を失っていく)様子を,図4に示すような単調減少関数として表現する。この曲線を拡張指数関数にフィッティングすることにより緩和時間τHBが決定される。τHBは実験で得られる水素結合寿命に対応していると考えられるが,シミュレーションと実験との対応についてはまだ議論の余地がある。 Kobunshi, Vol.58, P.86 (2009)

再結晶化水<p74>
水は冷却により結晶氷に相転移(結晶化)するが,結晶化速度よりも高い速度での降温により,アモルファス氷を形成する。アモルファス氷は,再加熱中に,融点以下で結晶化を起こす。このような昇温過程における結晶化は,一般に再結晶化と呼ばれ,水の場合,再結晶化水と呼ぶ。常圧におけるバルク水のアモルファス化は事実上不可能といわれているが,逆ミセル中の水の急冷,140 K程度での固体基板上への蒸着,結晶氷の加圧処理などによりアモルファス氷が得られ,その再結晶化温度は150 K程度である。高分子共存下においては,比較的低い降温速度(5 K/min程度)で処理した試料においても再結晶化水が観測されているが,報告例は少ない。再結晶化温度は,高分子の種類に依存するが220~270 Kの範囲にある。一般にこれらの系の再結晶化水も,アモルファス氷から生成すると解釈されており,十分に低い降温速度であれば,降温過程で結晶化し,再結晶化水は観測されなくなる。 Kobunshi, Vol.58, P.86 (2009)

シリカ(Silica)<p521>
二酸化ケイ素(SiO2)。常圧条件下では,石英,トリディマイト,クリストバライトの3種の結晶,および非晶質シリカとして存在する。天然水中では,普遍的に存在する成分の一つであり,イオン状,懸濁状,およびコロイド状シリカの3形態に分類される。河川水中の濃度は,火山地域では多いなど地域によって差があるが,おおむね10~40 mg/lである。純水製造工程においては,懸濁状およびコロイド状シリカは主として凝集沈殿や膜処理で除去され,イオン状シリカは強塩基性陰イオン交換樹脂で吸着除去されている。強塩基性陰イオン交換樹脂による吸着除去では,選択性が低く吸着されにくいにもかかわらず,アルカリによる再生(脱着)工程では脱着され難いという特異的な挙動を示すため,アルカリ使用量の増大を招き,現在も純水製造技術上の課題の一つとなっている。 Kobunshi, Vol.58, P.533 (2009)

シルバーストリーク (銀条:Silver Streak)<p525>
射出成形品スキン層近傍のポリマーの成形流れ方向に銀白色状のスジが発生する現象で微細な気体の泡が集合している状態を言い,成形加工時に生ずる不良現象の一つである。 発生の主たる要因としては,成形品原料となるペレットが乾燥不充分で水分が過剰に含まれている場合や低分子揮発成分がポリマーに存在していると成形加工機シリンダー内で高温・圧縮された液状態がノズルを経て低温の金型内に放出時,圧力が急激に低下するため蒸発現象が生じ,微細な気泡がポリマーに包まれた状態になりシルバーストリークを生ずる。汎用ポリマーではPC,PMMA,POM,PA等が生じやすい傾向がある。 またスクリューの形状と材料の相性が悪い場合には,シリンダー内でのペレットの溶融時,空気をまき込み同様のシルバーストリークを生ずることもある。 外観上,ほとんど判別し難いわずかなシルバーストリークでも応力集中を誘引するためノッチの役目をしてしまい,成形品を工業製品の部品として使用中,容易に破損する原因になる。
Kobunshi, Vol.58, P.533 (2009)

サッカーボール構造<p590>
C60炭素クラスターの分子構造としてKroto,Samalleyらによって提唱され,Kratschmer,Huffmanらによる大量合成法の発見後,溶液中での13C-NMRの側定により確認された形。オイラーの公式によれば,5員環と6員環だけで閉じた多面体を構成しようとすると5員環は12個必要となる。さらに5員環同士は隣合わないという条件(lsolated Pentagon Rule: IPR)を加えると,C60の場合にこれらの条件を満たす分子構造は,このサッカーボール構造以外には存在しない。この構造は正二十面体の12個の頂点を切り落とした形をしていることから,切頭二十面体ともよばれ,分子点群としてはIhという極めて高い対称性をもっている。  一方このC60炭素クラスターに電子が1個付着したC60-ラジカルアニオンでは,吸収スペクトルおよびESRスペクトルの側定結果から,その分子構造はJahn-Teller効果による変形を受け,サッカーボール構造から歪んでいると考えられている。アルカリ金属をドープした系において,なぜC60が他のサイズのフラーレンに比べて顕著な超伝導性を示すのか,現在完全に明らかにされてはいないが,このサッカーボール構造というC60炭素クラスターに特有な分子構造が,なんらかの役割を果たしているのかもしれない。 Kobunshi, Vol.41, p.594 (1992)

ジオテキスタイル<p372>
Geotextilesは地盤中の水の排水・ろ過,土質材料の分離・補強を行う材料をいい,その名前の由来は,土地を意味するGeoと織物のTextileの合成語で,1977年以来,一般によばれるようになった。  こうした機能を利用した材料の使い方は古くから知られており,シュロの皮を地下水のろ過材としたり,木材や竹を格子枠に組み,小枝を敷き詰めた上に盛土をし,その不等沈下を防ぐ目的で,天然材料が用いられてきた。  石油化学工業製品の大量生産が可能な時代となり,わが国では1960年代に大規模な軟弱地盤の改良に天然材料に代わって,合成繊維シートの敷設により処理されたことに端を発し,その後,各種の合成高分子材料(ポリエステル,ナイロン,ビニロンなど)が建設材料に開発され,不織布・多孔質樹脂のドレーン材や押し出しプラスチックのグリッド・ネットによる補強土材などがジオテキスタイルの主要な材料となっている。
Kobunshi, Vol.40 , p.391 (1991)

スケーリング則<p332>
スケーリング則は二成分混合系の臨界現象および高分子準希薄溶液の挙動を記述するのに有効な手段である。変数x1, x2, …xnの関数である物理量Aが,あるパラメーターαについて A (αa1x1, αa2x2, …αanxn) = αA(x1, x2, …, xn) を満足するときAに対してスケーリング則が成立するという。二成分混合系のスピノーダル分解後期過程において,任意の時間tの相分離の構造関数S(q, t)のピーク位置の波数qm(t) は時間のベキ乗則 qm(t)~t-n に従って時間発展し,S(q, t)は   S(q, t)=qm-d(t)F(q/qm(t))(d:空間次元) というスケーリング則を満たすことが知られている。この式の意昧するところは,スピノーダル分解後期過程においては,相分離構造の形状の統計的特徴は変化せず,相分離構造の大きさのみが時間と共に変化しているということである。 Kobunshi, Vol.41 , p.350 (1992)

スターポリマー<p334>
中心となる核に結合した3本以上の分子量のそろった高分子鎖で構成される分岐モデル 高分子は,その形状から星型高分子(スターポリマー)とよばれ,本号解説にも示したようにリビング重合法を用いる分子設計の代表例として知られる。スターポリマーでは同じ分子量の直鎖状高分子に比べて分子構造がコンパクトになり,高分子量でも低い溶液粘度を示すことなどの特異な物性が知られている。スターポリマーは,構造上の特徴を強調して分岐高分子セグメントを仲長鎖として表示されることが多いが,実際の分岐鎖は直鎖分子鎖とは幾分異なるものの糸まり状の3次元構造をとると考えられる。このことはスターポリマー中の分岐高分子セグメントの中心に近い部分または外端部分をラベルすることによって,それぞれの部位での分子鎖の広がりを調べることにより確認された。また,非相容な3本以上の分岐高分子セグメントを連結した多相型のスターポリマーでは,各々のセグメントの空間配置上,通常の相分離構造の形成が困難となることが予想され,新奇な多相構造の発現が期待される。これは,新しい多相高分子素材の分子設計法としても興味深い。
Kobunshi, Vol.40 , p.334 (1991)

スーパータフエンプラ<p397>
エンジニアリングプラスチック(エンプラ)は,機械的強度,耐熱性および耐久性などの物性バランスの良好な高性能プラスチックであるが,ナイロンやポリエステルのような結晶性エンプラは脆いという欠点がある。これらの樹脂に耐衝撃性を付与する,すなわちタフ化するレベルには,部品の組み付け時の割れを防ぐ程度の比較的低いレベルから,低温下(例えば-30℃)での高度な耐衡撃性を要求される構造部材として使用される場合に必要なスーパータフのレベルまであるスーパータフのおおよその目安としては,エンプラの種類によっても異なるが,常温でのノッチ付きアイゾット衝撃試験で100kg・cm/cm前後以上からNB(No Break)レベルのものとしていることが多い,エンプラのスーパータフ化には通常Tgの低いゴム状ポリマーが用いられる。該ポリマーはエンプラの末端官能基と反応性を有する官能基を持っており,エンプラと溶融混練(リアクティブプロセッシング)した場合,反応相溶的にエンプラマトリックス中に微分散し,その結果ミクロ相分離構造を形成して, 高度な耐衝撃性を発現するものと考えられている。 Kobunshi, Vol.41 , p.410 (1992)

ソリトン<p450>
自然界にはさまざまな波動があり,その振る舞いはそれぞれの媒質が従う波動方程式によって決定される。例えば,弾性体では媒質の変位は線形の波動方程式に従う。一方,振幅が大きくなると波動方程式は非線形項を含むようになる。変位は媒質中を刺激の伝播として伝わっていくが,特殊な場合として空間的に局在化した波束が形を変えずに伝わることがある。この弧立波(Solitary Wave)が相互の衡突に対し個別性を保ち安定であるときソリトンという。このように粒子としての性質をもった解が非線形波動方程式から現れることが,近年あらゆる非線形現象に関わる分野で注目されてきた。高分子においてもソリトンの存在が知られている。結晶中において双極子モーメントをもつ分子鎖の鎖軸まわりの回転は,分極反転・誘電分散をおこすが,これは鎖のねじれが局在化して存在し,ソリトンとして伝播することによりおこると考えられる。またトランス型ポリアセチレン鎖上に欠陥として存在する不対π電子は,分子鎖上をソリトンとして伝播する。ドーピングによって,このソリトンが電荷を伴うことにより導電性に寄与する。 Kobunshi, Vol.40 , p.470 (1991)

ゾル-ゲル法<p477>
溶液から出発して,微粒子を含むゾルの状態を通り,さらに,固体の骨組みの隙間に液体あるいは空気を含むゲルの状態を経てガラスあるいはセラミックスを作る方法のことである。従来,ガラスやセラミックスを作成する場合には,高温処理,溶融もしくは拡散等を利用して所望の化学組成の物質を得ていたが,ゾル-ゲル法においては,液体状態で反応を行わせて希望の組成の中間体を合成してから,加水分解・重縮合反応によりゾルをゲルとして固化する。これを,さらに加熱処理をしてガラスやセラミックスとすることができる。出発原料としては,金属アルコキシドがよく使用される。この方法は,(1)溶融法に比べてはるかに低い温度で材料を合成することができる,(2)溶液から反応させるため多成分原料が分子・原子レベルで混合し全体の均質性が増す,(3)従来の溶融法では結晶化や相分離のために均質とならなかった材料をも均質化することができる等の特微をもっている。また,出発物質が蒸留等の方法によって精製しやすいため,純度の高い材料が得られる。
Kobunshi, Vol.41 , p.484 (1992)

ぜい性破壊と延性破壊<p680>
破壊様式を塑性変形の有無によって分類すると,降伏を起こした後,大きく塑性変形して試料が二つに分かれて壊れるのが延性破壊であり,降伏を示すことなく小さなひずみで破壊が生じるのがぜい性破壊である。高分子材料は高い温度では延性破壊を示すが,ぜい性一延性転移温度より低い温度では巨視的にはぜい性的な破壊様式に変化する。しかし極めて低温での場合をのぞいて,このぜい性的な破壊は微視的な塑性変形によって起こっている。高分子材料のぜい性破壊の前駆現象として知られているクレイズはこの塑性変形の一つの形態である。クレイズが通常の塑性変形と異なる点は,ボイドが形成され,それが体積の膨張を伴い大きく拡張されるために局所的にひずみが不安定に集中した塑性変形であるという点にある。ぜい性的破壊はこのようにして形成されたクレイズのフィブリルが切断することによって始まり,厳密な意味では不安定な延性破壊である。塑性のひずみが局所的に不安定に集中する条件は,形成されたボイドの密度と材料の形状,負荷の形式などの境界条件によって決まる膨張応力場の大きさに依存している。 Kobunshi, Vol.40 , p.692 (1991)

サーマルリサイクル<p234>
廃プラ焼却時に発生する大きな熱量(ポリエチレン11000 Kcal/kg)をエネルギー源として利用するもので,選別回収が難かしい,汚れがあるなどでマテリアルリサイクルできないものに適した方法である。 a. 燃料化:廃プラを紙,木などと一緒に成形した固形燃料と,熱あるいは触媒で分解して得られる液体あるいはガス燃料がある。いずれも既存のボイラーで使用可能であり,実用化が始まった段階にある。 b.焼却エネルギー回収:廃プラを直接焼却して得られる熱量をエネルギー(電力,蒸気,温水)として利用する方法で,廃プラを含む都市ゴミの焼却エネルギ一回収では,すでに多くの実績がある。  リサイクルは末だ公式に定義されたものはなく,上述の分類はプラスチック処理促進協会が提唱しているものである。世界各国でも,リサイクルの進め方,法規制,技術開発状況により,それぞれ独自のものを用いている。今後リサイクルの進展に伴ない,それぞれの方法が社会に認知された段階で,世界共通の用語の統-が図られると思われる。 Kobunshi, Vol.42 , p.256 (1993)

シャペロン<p624>
タンパク質の立体構造形成に関与し,折りたたみを手肋けする大型のタンパク質である。シャペロンの存在と機能についての研究は,最近始まったばかりで,急速に研究が進んでいる1)・2)。シャペロンにはいくつかのファミリーがあり,その一つにシャペロニンファミリーがある。これはHsp 60 (分子量60KD)の14量体の巨大複合体で,Hsp 10(分子量10 KD)の7量体と共同して,折れたたみ中間体に結合し,その凝集を阻止することによって,正しい折れたたみが進むことを肋けていると考えられている。大腸菌にもこのファミリーに属するGroELとGroESがあり,上記と同様の働きをする。英国MRCのA.Forsht等は,GroEの存在下でBarnaseの巻戻りが加速されることを,実験的に確かめた3)。  他のファミリーとして,Hsp 70(分子量70KD)の系統(DnaK, DnaJ, DnaEほか)があり,主に細胞膜通過を助ける働きをしている。この他に,従来から知られているPDI(S-S結合形成イソメラーゼ)PPI(プロリン異性化イソメラーゼ)も一種のシャペロンと考えられている。 Kobunshi, Vol.43 , p.625 (1994)

シングルサイト触媒<p346>
現在ポリオレフィン合成用に工業的に用いられている触媒は,立体規則性や共重合性の異なる活性種が複数存在する不均一系触媒と呼ばれるものである。近年の触謀技術の進歩により,活性種が単一である均一系触媒が開発され注目されるようになった。言葉の定義としては均一系触媒=シングルサイト触媒と考えても問題ない。代表的なオレフィン重合用均一系触媒としては,ビス-π-シクロペンタジエニル基を有する遷移金属錯体や,C2,C3対称性を有する遷移金属錯体とMAOからなるメタロセン触媒(Kaminsky触媒)が知られている。メタロセン触媒で得られた重合体は,分子量分布が狭いことから,この触媒系がシングルサイトであることが明らかとなった。シングルサイト触媒という言葉は,Exxon社がLLDPE合成用に開発したメタロセン触媒に用いたのが最初である。また,最近では不均一系触媒においても,その複数の活性種を限りなく単一にすることが検討されており,これを不均一系触媒のシングルサイト化と呼ぶような使われ方もされている。 Kobunshi, Vol.43 , p.369 (1994)

シード乳化重合<p541>
あらかじめ調製したポリマー乳化物をシード(種)として用いる乳化重合法であり,通常の乳化重合における系内での核形成の段階をシードの添加により置き換える。新たに核となる粒子の生成が起こらないように留意し,径をそろえたシード粒子をモノマーで十分に膨潤させて重合する。この操作を繰り返して逐次粒子径を増大させる。粒子径が大きく,そろった(単分散)ポリマー微粒子を得ることができる。これを円滑に行うには、モノマ一による膨潤量を大きくすること,膨潤速度を大きくすることが重要であり,膨潤助剤あるいはモノマーの液滴から粒子への拡散促進剤が利用される。シード粒子を形成するポリマーと後からの重合で生成するポリマーが異種のときには,いわゆるコア/シェル型の微粒子が得られる。両ポリマー間の物性の違い,反応条件の選択によっては,非球形の粒子を得ることもできる。またコアにコロイダルシリカのような無機物を用いれば,無機物と有機物の複合体が得られる。さらにシェルとして種々の官能基を持つポリマ-を導入することにより,機能性微粒子としての展開が計られている。 Kobunshi, Vol.43 , p.558 (1994)

スカラーカップリング(scalar coupling)<p958>
 溶液NMRにおいてスカラー量として観側されるスピン-スピン結合をスカラーカップリングJと呼んでいる。Jの大きさはHzで表わされる。スカラーカップリングは電子を介在とした核と核の相互作用により生じ,その大きさは構造と密接な関係があるために構造解析に用いられる。たとえば,3個の結合をはさんでの核と核のJ(たとえば,1Hと1H,1Hと13C,1Hと15Nなど)は二面角Θと   J=Acos2Θ十B cos Θ十C      (A,B,Cは定数) の関係(Karplus式)にあるために,Jを側定することにより二面角を決定できる。また,二次元NMRにおいてJ相互作用を通して化学構造とシグナルの絶対的な帰属が行われている。
Kobunshi, Vol.42 , p.986 (1993)

細胞接着ペプチド<p606>
細胞表層部に存在する受容体糖タンパク質,インテグリン,と特異的に結合するペプチドをいう。増殖や分化は細胞に備わった最も基本的な性質であるが,線維芽細胞や内皮細胞など,特定のマトリックスに接着したうえで増殖を開始する細胞がある。マトリックスとして機能するものは接着因子とよばれ,その中には,コラーゲン,フィブロネクチン,ビトロネクチン,フィブリノーゲンなどのタンパク質が含まれる。これらのタンパク質のインテグリン特異的リガンド基は,アルギニンR-グリシンG-アスパラギン酸Dというトリペプチド配列であることが明らかにされている。RGDペプチド(C末端はフリーでないことが必要)もインテグリン結合性を有し,接着因子の競争的阻害剤として機能する。ただし,その活性は親タンパク質の数十分の一に過ぎない。RGD配列を置換したり,RGD配列を含む環状ペプチドなどが合成され,RGDよりも高活性なペプチドも得られている。RGDをはじめとして,これらの誘導体を総称して,細胞接着ペプチドど呼んでいる。 Kobunshi, Vol.43 , p.625 (1994)

酸素指数<p571>
プラスチックスあるいは繊維などの素材の燃焼の容易差を知るのに,種々の評価法が提案されている。アメリカでは,ASTMが中心であり20数種の方法がある。一方,日本では,JISA-9511とK-6911で評価されている。またアメリカのGneral Eledric 社が開発した方法を基にし,JIS-Zに“酸素指数法”が採用されている。この方法は他の試験法が通常空気雰囲気で行っているのに対して,空気のN2/O2比を変化させて,着火を起こす限界酸素濃度,すなわち,酸素指数(Limiting Oxygen lndex,通常LOI値と略省)を求めている。基本原理は試料がろうそく状の炎をあげて燃えるのに必要な雰囲気の最少酸素濃度,LOI=(O2/N2十〇2)×100の値を求める。たとえば,この方法でポリエチレンやポリプロピレンのLOI値を測定すると,LOI = 17~18であることが知られている。一方テフロンのLOI=95であることから,テフロンが燃えにくいことがわかる。LOI値法はすでに工業化標準試験法として,プラスチックスの耐炎性の判定に採用されている。 Kobunshi, Vol.42 , p.581 (1993)

自発分極<p732>
誘導体に電界や応力を加えることなしに現れる電気的な分極を通常は自発分極と呼ぶ。液晶等の一般的な有機物が自発分極を示すためには分子内に双極子モーメントを持ち,各分子の双極子モーメントが一方向に配向している必要がある。  どのような場合に自発分極が現れるかは,その物質の結晶の対称性により決まる。結晶はその対称性により,32の結晶族に分類される。それらのうち,10の結晶族が電界や応力等の外場を加えることなしに自発分極を生じる。これらの結晶は焦電性(温度変化により表面に電荷が現れる)を示し,焦電性を示す物質のうち外部電界により自発分極の向きが反転するような物質を強誘電性であると呼ぶ。 液晶の場合には、自発分極を示さないC2h対称のスメクチックC液晶に光学活性基を導入すれば鏡映面の対称性が失われC2対称となり(カイラルスメクチックC液晶)自発分極を示すはずであるという分子設計により,最初の強誘電性液晶がMeyerらにより合成された。 Kobunshi, Vol.43 , p.744 (1994)

周期境界条件<p782>
分子動力学法により,バルク状態のシミュレーションを行う場合,対象となる物質は1023個程度の原子・分子からなる。当然これらを全部扱うことはできないため,その一部を取り出してセルに配置することになる。このとき,ひとつのセルだけを考えたのでは,セルの外側にきた原子は表面になってしまい,もともと扱いたかったバルク状熊とは異なる計算となる。これを避けるために周期境界条件が付せられる。周期境界条件とは,セル内で運動している原子が,セルの壁にぶつかった時,その原子は壁からの力を受けることなく,そのまま外に出て,対面の壁の相対する位置に同じ速度で入ってくるとするものである。この擬2次元平面内の運動について示したのがP.782の図である。中央のセルを注目する系とし上下,左右のプリカを配置する。レプリカ原子の動きは,中央のセルの原子と全く同じであり,例えば,中央のセルの原子が,左側めセルに飛び出すと,右側のセルの原子が,相対する壁から中央のセルに入り込んでくる。なお,中央のセルの周辺部にある原子はそのセルだけでなく,リプリカの原子からの力も考盧される。 Vol. 43, No. 11, (1994)Kobunshi, Vol.43 , p.804 (1994)

新合繊<p660>
合成繊維の製造技術をベースにすることによって初めて具現化できた,高感性の風合いや触感を持ったテキスタイル素材の総称が新合繊である。従来の合成繊維は実用的な機能や低価格を特徴として衣料のテキスクイル分野に一定の地位を築いてきたが,ファッション性の高い分野はシルクやウールなどの天然繊維が占めてきた。この状況を打破するために,合成繊維開発の切口を天然繊維を模倣するやり方から,合成繊維でのみ可能なテキスタイル素材を作る方向に変更して新合繊の開発が進められてきた。  繊維製造の技術から新合繊を見ると次のような技術に分けられる。 ①熱処理することで大きな糸足差を発現させる異収縮繊維混合の技術 ②極細繊維をつくる溶解分割型複合繊維の製糸技術 ③繊維の表面を改質するための微粒子添加ポリマーの製糸技術   新合繊のテキスタイル素材は繊細な風合いが特徴であるため,染色仕上げ加工技術も重要なポイントである。 Kobunshi, Vol.42 , p.692 (1993)

生理活性ペプチド<p607>
生体に作用して,その機能を調節する働きをもつペプチドをいう。タンパク質などのポリペプチドとペプチドの境界は不確定であるが,一般に,アミノ酸単位の数が数十個以下のものはポリペプチドと言わず,ペプチドと呼ばれる。生理活性ペプチドは次の3種類に分けられる。  1.天然生理活性ペプチド:ブラジキニン(血圧上昇),エンケファリン(鎮痛作用),アンタマニド(きのこ毒解毒剤),オキシトシン(子宮筋収縮),グラミジジンS(抗生作用),アラメチシン(イオンチャンネル形成)など。 2.生理活性タシパク質の活性部位ペプチド:RGDペプチド(細胞接着)など。  3.合成生理活性ペプチド:フェニルアラニルアスパルテイト(甘味ペプチド)など.  最近,化学的手法によるドラッグデザインに代って,進化分子工学の手法による薬理活性ペプチドの合成が提唱されているが,まだ実例を聞かない。 Kobunshi, Vol.43 , p.607 (1994)

接着性蛋白質<p714>
細胞と細胞・細胞と細胞外マトリックスの接着作用は組織の形成,創傷治癒,免疫,止血,癌の転移などに重要なる役割を果たす。細胞接着は細胞膜表層に,あるいは細胞外マトリックスに存在している接着性蛋白質(Adhesive Protein)とよばれる一群の蛋白質によって介在される。細胞外マトリックスの接着性蛋白質として,フィブロネクチン,ビトロネクチン,ラミニン等をあげることができる。1984年に米国ラホヤ癌センターのRuoslahtiらによって,フィブロネクチンの接着活性部位のアミノ酸配列が同定され,つづいて細胞外マトリックスを構成する他の接着性蛋白質の活性部位が同定された。驚くべきことに,接着活性部位には相同性があり,共通する最小活性アミノ酸配列はArg-Gly-Asp(RGD : アミノ酸一文宇表示)のトリペプチドであった.RGDを含むペプチドを人工基材に固定して人工細胞外マトリックスとして,あるいは癌転移の抑制剤としての応用が展開されている。 Kobunshi, Vol.41, p.722 (1992)

潜在性開始剤と顕在性開始剤<p794>
重合開始剤(または触媒)を標準状態における重合開始能,すなわち,常温,常圧,室内光などといった普通の条件下で開始剤として機能できるか否かという観点から分類すると,大きく二つに分けられる。開始に比べて生長が遅いときには十分判別しにくい場合もあるが,通常の条件下で重合を開始するのに他からエネルギー(熱,光など)を全く必要としない開始剤が顕在性開始剤である。これに対して,他からエネルギー(外部刺激)を受けてはじめて重合を開始できる開始剤は潜在性開始剤とよばれる。 近年, 取り扱いやすさ, 安定性,重合・硬化の開始反応の制御など潜在性開始剤のもつ利点にいろいろな分野で関心が高まっている。この開始剤で重要なことは,真の開始種が生成する反応がモノマー等のほかの分子に依存しないこと,望ましくは開始剤の一分子反応となることである。ま た,外部刺激に対する速やかで高い応答性も重要な要件の一つである。なお,顕在性開始剤も,それをカプセル中に収め,ある外部刺激を加えてカプセルを破壊することによって重合を開始させるような場合は潜在性開始剤とよぶことができる。 Kobunshi, Vol.40 , p.810 (1991)

双性イオン<p82>
求核剤と求電子剤との反応により,一分子内にカチオン部位とアニオン部位の両方をもつ1:1付加物(双性イオン,Zwitterion)が生成する。高分子合成の分野でも,求核性モノマー(MN)と求電子性モノマー(ME)とを混合すると触媒などの添加剤を加えることなく双性イオンが生成し,これが自発的に重合反応を起こし,対応する二者のモノマーの共重合体を与えることが知られている(無触媒共重合)。このような双性イオンを経由する重合反応は,MNとして0,N,Pなどのヘテロ原子を含んだ開環性モノマーや電子供与基を有したオレフィン類およびアレン類,MEとしてはラクトン類, 環状酸無水物,電子不足なオレフィン類,アレン類ならびにヘテロクムレン類を用いた系で報告されているが,今後この重合反応に適応可能なモノマーの応用範囲は広がるものと考えられ,さらに一般性を有した重合反応への展開が期待される。また,MNとMEとの反応で生じる双性イオン部位を重合反応の開始剤および有機合成に用いる研究も進められており,双性イオンは高分子合成,有機合成の分野において重要な位置づけにあるといえる。 Kobunshi, Vol.41 , p.98 (1992)

層状粘土鉱物<p360>
粘土鉱物はケイ素,アルミニウム,マグネシウムなどが酸素と結合して2次元網目状に配列した層構造を持ち,層間にナトリウムなどの陽イオンが結合している。この層間のイオンは他の無機イオンや有機アンモニウム塩で簡単に置換し,粘土の持つ親水性などの性質を変えることができる。粘土鉱物は構成元素とその層内の構造により分類がされており,代表的な粘土としてモンモリロナイト,サポナイト,ヘクトライト,マイカ,タルクなどが知られている。粘土鉱物は天然にも産出するし,また水熱合成によって合成も行われている。天然産のものはその産地によって構成元素の割合,不純物の量などが異なることがある。これらの層状粘土鉱物は工業的に増粘剤などとして用いられている。一方,粘土鉱物の層間は特異な反応場として興昧が持たれ,層間を利用して化学反応や高分子合成が行われている。1層の厚さは約1nm(10A)であり,粘土層が均一にマトリックス中へ分散できれば新しいナノ複合体が形成できる。さらに粘土鉱物を触媒,触媒担体,分子ふるいなどとして利用する研究も多くあり,今後ますます用途が広がってくると思われる。 Kobunshi, Vol.43 , p.369 (1994)

磁場配向 <p77>
材料は磁気的性質によって強磁性体,常磁性体,反磁性体等に分類される。鉄などの強磁性体が磁石に引き付けられることは一般的であるが,有機高分子,炭素,セラミックス,銅や銀等の金属などの反磁性体も弱いながら磁石から力を受けており,とくにその物質が磁気的な異方性を有する場合には,配向する挙動が観察できる。これら反磁性体は,外部磁場の向きと逆向きに磁化される性質があり,磁場中では外部磁場を打ち消すように誘起される電子の運動に起因するエネルギーが増加する。近年,超伝導技術の進歩により,10 T級(T:テスラ,1テスラは10000ガウスに相当)の強磁場が容易に利用できるようになり,反磁性体に関する研究が進展している。有機高分子材料に関しても,とくに液晶性高分子や結晶性高分子など,内部の構造に起因する磁気異方性を有する材料を中心にさまざまな検討が進み,分子鎖の高次構造制御によって材料の潜在的な特性(熱的特性,機械的特性,電気的特性等)を引き出す有望な技術であり,研究開発が進んでいる。 Kobunshi, Vol.59 , p.85 (2010)

スピノーダル分解 <p141>
溶液の不安定領域で起こる相分離機構のこと。準安定領域で起こる「核生成と成長機構」とは対照的である。スピノーダル分解の相分離は自発的に進行し,初期の段階では二相連続構造が得られることが特徴である。便宜的に初期,中期,後期過程に分類されることが多い。初期過程では濃度揺らぎの波長は一定であり,その振幅だけが増加する。中期過程では,時間の経過とともに濃度揺らぎの波長と振幅がともに増加する。さらに後期過程では,濃度揺らぎの振幅は平衡組成に達し,波長のみが時間とともに成長していく。スピノーダル分解機構の理論的な取り扱いは,合金や無機ガラスの相分離現象についての検討から発展し,高分子溶液系や高分子ブレンド系について詳細に検討されている。 Kobunshi, Vol.59 , p.157 (2010)

伸長プロセス <p149> 
物質の流動や変形をともなう成形加工プロセスの一つである。成形加工プロセスでのレオロジー的挙動の形態として,粘性,弾性,粘弾性,塑性などの流動や変形がある。高分子流体において,せん断流動場では分子の回転が引き起こされるのに対して,伸長流動場では分子が糸まりになろうとするエントロピー力に抗して分子鎖の伸長が転移的に起こるという高分子鎖の応答が,せん断流動場とは本質的に異なる可能性をFrank(1970)は指摘している。狭義的には,Frankが指摘した伸長流動(変形)による成形加工プロセスを指し,溶融紡糸,フィルム成形,繊維・フィルムの延伸・熱処理,各種ブロー成形などの一軸あるいは二軸の伸長変形の成形プロセスが挙げられる。なお,成形加工プロセスでは流動変形と塑性変形の二つの異なる変形様式やその中間領域が一つの成形プロセスの中に混在することも多々あり,せん断流動場以外の流動・変形場での高分子の成形加工プロセスを指すことも少なくない。 Kobunshi, Vol.59 , p.157 (2010)

シングルモードとマルチモード <p325> 
光ファイバーや光導波路は,光線束が伝搬するコアと呼ばれる透明媒質がクラッドと呼ばれる低屈折率媒体で覆われた軸状の構造を呈している。コアを伝搬する光線はクラッドとの境界面において,両者の屈折率差による全反射を繰り返してコア中に閉じ込められたまま長距離伝搬する。この屈折率差がきわめて小さく,伝搬角(境界面と光線間の角度)の小さな光線のみを伝送する構造をシングルモードと呼ぶ。逆に,屈折率差が大きく,伝搬角の大きな光線をも伝搬可能な構造をマルチモードと呼ぶ。厳密には,シングルモードは波動光学で扱われ,単一の光波(離散的な伝搬定数を有する平面波)のみ伝搬可能なように屈折率差とコア直径(~10μm)が決められている。この屈折率差またはコア直径が大きくなると複数の光波が伝搬可能となりマルチモードとなる。一般的に用いられているマルチモード光ファイバーは波長に対してコア直径(>50μm)が大きいため,主として幾何光学で扱われる。モードとはこの伝搬角をあらわすものであり,たとえば,高次モードとは高伝搬角の光線を意味している。 同じ光ファイバー長を伝送する光線でも,伝搬角の大きな光線と小さな光線では光路長が異なる。これは同じ光パルスを入射してもモードにより到達時間が異なることを意味する。つまり,シングルモードは光パルスの広がりが小さいため,高速・長距離通信に向いている。一方,マルチモードはコア直径が大きいうえに入射可能な光線の角度幅が広いため,光源などとの結合が容易といった特徴があり,短距離の低コスト光通信で多用されている。 Kobunshi, Vol.59 , p.329 (2010)

セルロース結晶 <p393> 
セルロースは多数の水酸基による高度な水素結合と疎水的表面におけるvan der Waals力によって結晶構造をとり,ⅠからⅣまでの四つの結晶多形が存在している。天然セルロースは通常セルロース鎖が平行にパッキングされたⅠ型をとる。Ⅰ型はⅠα型とⅠβ型の二つの結晶相を含んでおり,セルロース分子のシート状構造の積層の仕方が異なる。生物によって両者の存在比が異なっており,緑藻やバクテリアはⅠα型,ホヤなどはⅠβ型を主成分としている。Ⅰαを高温にするとⅠβに転移する。Ⅱ型は天然セルロースを溶解や誘導体化した後,再生すると生成され,分子鎖は逆平行型となる。一般的にⅡ型からⅠ型へは不可逆であるためⅡ型のほうが熱力学的に安定であると考えられている。再生セルロース繊維であるレーヨンが代表的なⅡ型セルロースである。セルロース繊維の防縮,形態安定加工に用いられているアンモニア処理をすると,Ⅰ型はⅢ型(平行鎖構造)の結晶形へ転移する。これはⅡ型の場合とは異なり,結晶変態は可逆的である。アンモニア分子がセルロース結晶内に入り,水酸基と配位して複合結晶をとる。アンモニア分子が抜けてもその結晶構造を保っていると考えられている。Ⅳ型はⅢ型をグリセリン中で加熱処理することによって得られる。その構造の詳細は十分にわかっていない。 Kobunshi, Vol.59 , p.409 (2010)

再生可能資源 <p401> 
地球圏の物質循環において,生態系を介して生産される生物資源(バイオマス)を指す。広義の意味では,太陽光・風力・水力・地熱などの自然エネルギーを含めることもあるが,これらは自然現象をエネルギー利用しているに過ぎず,資源として再生されているわけではない。炭素・窒素・酸素・水素など,さまざまな元素が自然界の生命活動で幅広く利用されているが,地球温暖化の原因物質として二酸化炭素が取り沙汰される中,とくに,炭素循環システムの主要な中継・集配・一時保管拠点である森林のロジスティクス機能が注目を集めている。植物の光合成は,太陽光を利用した炭素還元・固定化によるエントロピー減少プロセスであり,エネルギーの物質化とみなせる。人為的に制御可能な時間軸において,炭素固定と炭素利用の収支がとれた状態をカーボンニュートラルといい,持続的発展可能(サスティナブル)社会の実現に向けたフラッグコンセプトとして,国際的に認知されている。もちろん,再生産速度を上回る利用は単なる環境破壊であるため,真にサスティナブルな資源活用に向けた理性的な取り組みが今後ますます重要である。 Kobunshi, Vol.59 , p.401 (2010)

サドル・スプレイ弾性率 <p469> 
分子膜を弾性膜としてあらわし,その微小曲げにより生じる単位面積当たりの弾性エネルギーfを曲率に対して展開して,2次の項までとると

によりあらわされる。ここでHは平均曲率,Kはガウス曲率と呼ばれ,曲面の主曲率c1とc2を用いてそれぞれ,H=(c1+c2)/2,K=c1c2により与えられる。これら二つの曲率は曲率テンソルに対する不変量に対応している。また,自由エネルギーを最小化する平均曲率を膜の自発曲率c0と呼び,膜の幾何学的な非対称性をあらわしている。平均曲率に対する定数kを曲げ弾性率,k_をサドル・スプレイ弾性率と呼ぶ。ベシクルのような閉曲面では,膜のトポロジーが変化しない(たとえば球状膜からドーナッツ型のような穴があく変化をしない)限りガウス・ボネの定理よりこの項は定数となるので自由エネルギーには寄与しないが,たとえば積層した平面膜からなるラメラ相から,三次元ネットワーク構造であるスポンジ相への転移の場合はガウス曲率が正(球面型)から負(鞍型)に変化するので,サドル・スプレイ弾性率が膜形状を決定する上で大きな役割を果たす。 Kobunshi, Vol.59 , p.481 (2010)

助触媒 <p777> 
触媒の主成分の活性あるいは選択性を増大させる成分で,単独では活性を示さない。遷移金属化合物と典型金属のアルキル,アリール,ヒドリド化合物からなるZiegler-Natta触媒の重合活性種は,配位不飽和な遷移金属アルキルであるため,遷移金属化合物を主触媒,典型金属化合物を助触媒と言う。遷移金属化合物のみでは重合が進行しないことから,共触媒と言うこともある。4族メタロセン化合物(Cp2MCl2)に水とトリメチルアルミニウム(TMA)の縮合生成物であるメチルアルミノキサン(MAO)を助触媒として用いるとオレフィン重合に高活性を示すことが見いだされ,金属錯体をベースとした均一系Ziegler-Natta触媒(活性種が均質であることからシングルサイト触媒とも言われる)が発展した。MAOは未反応のTMAを含み,その正確な構造はいまだ明らかではないが,金属錯体のメチル化(Cp2MMe2)と重合活性種である配位不飽和なアルキルカチオン種(Cp2MMe+)の生成を担っている。Cp2MMe2の場合には,B(C6F5)3,Ph3C・B(C6F5)4,PhNMe2H・B(C6F5)4なども助触媒として有効である。これらの系では,助触媒由来の対アニオンが重合活性に大きく影響する。 Kobunshi, Vol.59 , p.789 (2010)

C2対称性構造<p853> 
分子の中心を通る軸の周りに180°回転させると,もとの分子と変わらない構造をとるとき,このような分子の対称性をC2対称と呼ぶ。またこのときの回転軸をC2軸と言う。C2対称性をもつ分子の例としては水やビフェノールなどが挙げられる。C2の「2」の意味は,「360°÷2=180°」における「2」を指す。メタロセン触媒は,架橋されることによりジルコノセン分子全体としてはC2,CS,C2VやC1などの対称性をもち,さらにエナンチオマーやジアステレオマーの関係をもつ構造異性体が存在する。とくに,C2対称性を有するラセミ体の場合は,錯体の対称な二つのモノマー配位場にプロピレンが交互に配位・挿入を繰り返すことで,アイソタクチックポリプロピレン重合が進行することが報告されている1)。 1) 安田 源,“均一系遷移金属触媒によるリビング重合”,(株)アイピーシー(1999) Kobunshi, Vol.59 , p.857 (2010)

粗視化シミュレーション<p909> 
高分子のような巨大分子のシミュレーションを行う際に,すべての原子を別々に扱おうとすると計算コストが膨大となるため,日常使える計算機では高分子鎖が多数存在する系を扱うことができない。このため,高分子鎖を,数原子,1~数モノマー,ガウス鎖の1セグメント,高分子の持続長,などの大きさを一つの単位とする粗視化した分子鎖モデルを用いたシミュレーションをしばしば行う。これらのモデルを用いたシミュレーション法としては,粗視化分子動力学法,散逸粒子動力学法,動的平均場法等があり,「粗視化シミュレーション」とはこれらの総称である。粗視化する利点は,原子モデルに比べて大きい領域,長い時間領域の計算が行える点であるが,化学的な情報が欠落していくという欠点もある。近年,分子鎖の構造からのモデル化だけでなく,高分子鎖特有の絡み合い・レプテーションを扱う「動的な」粗視化モデルも提案されており,求めたい物性を反映できる粗視化が進んでいる。 Kobunshi, Vol.59 , p.921 (2010)

磁場勾配NMR法<p.182>
共鳴用の静磁場に加えて,空間的に勾配のある磁場を印加して行うNMR測定法の総称。 この手法は特定のコヒーレンス選択が可能なため,化学構造解析の分野で広く用いられている。また, 空間情報を利用したNMR情報の画像化(MRI)にも応用されている。本稿では,高分子の分子運動性の評価に 有用な拡散係数測定への応用を紹介した。この測定では,まったく強度の等しい二つの磁場勾配をパルス状に 印加する必要がある。とくに,高分子の拡散係数測定においては,高強度のパルス状磁場勾配を短い時間間隔で 印加できるハイパワーの電源アンプと磁場勾配コイルが装備されるが,残留磁場や磁場勾配強度の不一致, 試料の振動などの影響でスペクトルの歪みや過剰の減衰などの問題が生じる。このため,アンプの安定性, 残留磁場の除去などの装置の性能の向上に加えて,パルスシーケンスなどの測定法の改善が行われている。 また,エマルション内のような制限された空間内を分子が拡散している場合には,その制限空間の大きさを 評価できる。 Kobunshi, Vol.60, p.190 (2011)

シア・シックニング<p.186>
定常剪断流動下では,静止状態で応力に寄与していた構造が流動により壊され, 非線形定常粘性率が剪断速度とともに減少するシア・シニング(shear thinning)が起こるのが一般的である。 一方,会合高分子溶液,濃厚コロイド分散系などでは,非線形定常粘性率が剪断速度とともに増加する場合があり, シア・シックニング(shear thickening)と呼ばれる。両末端に会合基をもつテレケリック会合高分子溶液では, 架橋点を繋ぐブリッジ鎖の非線形伸長効果がシックニングのおもな要因である。多数の会合基をもつ高分子の場合には 粘性率が数桁増加する劇的なシックニングが起こるが,これは剪断流によって分子内会合から分子間会合への転移が 起きるためであると考えられている。濃厚コロイド分散系では,変形を加えると体積が増加し,流動性が低下する現象が 起き,ダイラタンシーと呼ばれる。シア・シックニングの分子論的起源の詳細は未解明な部分が多く,特異な非線形 レオロジー現象として理論・シミュレーションによる研究も盛んに行われている。 Kobunshi, Vol.60, p.190 (2010)