ポリワーズ や行 

ポリワーズ

〔や行〕


揺らぎの相関
誘電緩和で広く用いられているデバイの式は,電気双極子の回転ブラウン運動のランジュバン方程式に対し,慣性項を無視し,かつ揺動力が白色ノイズであるとして得られる。しかし周波数がTHzを超えるあたりでは,慣性項の効果が無視できないことが,遠赤外吸収の実験から明らかにされている。その場合,解析に用いる関数は,慣性項と有色ノイズを含んだランジュバン方程式から計算されたものを用いなければならないが,そのような方程式は一般的な形で解くことは大変難しく,元のモデルの単純化や,適切な近似が必要になる。この二つの近似の破れを実効的に取り入れたモデルがMRT(Multiple Random Telegraph)モデルである。このモデルでは,回転ブラウン運動の角周波数が,二状態遷移模型の重ね合わせによって変調される。二状態遷移模型は,実現値が±Δ0をとるような確率過程であり,角周波数が周囲の環境から受けるランダムな揺らぎを作る。揺らぎの相関α0は,二状態遷移模型の時間相関の強さを表すパラメータであり,α0≪1で白色ノイズ(narrowing limit)となる。このα0を久保数という。MRTモデルによる水の低振動数ラマンスペクトルの解析では,Li+,Na+は濃度とともにα0が増加(熱浴がより有色)し,K+,Rb+,Cs+ではα0が減少(熱浴が白色に近づく)しており,α0はイオンの構造形成・破壊効果を反映した振る舞いをすることが明らかにされている。 Vol.58 P.82


幽霊通り抜けモデル <p705>
界面活性剤水溶液には,ひも状ミセルが形成されそれらがからみ合って粘弾性を示すものがある。その溶液の弾性率は界面活性剤濃度cの2乗に比例し,高分子溶液のからみ合いと対応する。一方,からみ合いが解けて溶液が流れる緩和時間はcによらなかったり,c増加にともなって短くなることもあり,高分子溶液の挙動とは異なる。興味深いのは,緩和時間に分布がなく,一つのMaxwellモデルであらわせることである。これらの特徴を合理的に説明するために,ミセルが分子間力でできた動的な構造体であることを考慮して提案されたのが「幽霊通り抜けモデル」である。このモデルでもひも状ミセルのからみ合いが応力を支えるが,ミセル構造に依存した平均寿命の後に(界面活性剤分子の移動によって)ミセル同士が幽霊のように通り抜けるか交換されて,からみ合い点が消滅して溶液は流れる。似た言葉の別の重要な概念もある。からみ合いを起こさずに,互いに自由に通り抜けられると仮定された高分子鎖を「幽霊鎖」といい,ゴム弾性の議論に用いられる。また,ゴムに与えたひずみに応じて架橋点がaffineに移動するだけでなく,空間的にゆらぐと考えるのが,「幽霊網目モデル」である。これは架橋点が空間に固定されるとしたゴム弾性論よりも低い弾性率を与える。Kobunshi, Vol.59 , p.709 (2010)