S7.ゲルの定義と相転移の普遍性再考:ゲル化と崩壊
(横浜国立大学大学院環境情報研究院)鈴木 淳史
<趣旨>
 高分子ゲルは一般に、溶媒(液体)に不溶の3次元網目構造を持つ高分子(固体)およびその膨潤体、つまり「高分子が架橋して3次元網目構造を持ち、溶媒中で溶媒を吸収して膨潤はするが溶解はしない、固体と液体の中間に属する状態をとる物質」と定義されている。また、ゲルの性質(網目濃度、架橋密度、イオン化度など)と外部環境(温度、溶媒の種類と組成、拘束条件など)を適切に選択すると、1つの外部環境の変化に対して不連続かつ可逆的に体積変化(体積相転移)し、表面のマクロパターンや輸送現象(フリクション)の臨界的な振る舞いなど、相転移に関わる興味深い物性を示す。そして、これらの現象は高分子ゲルに普遍的な現象であると考えられている。しかし、このゲルの定義と相転移の普遍性には以下に示すように疑問点が多い。
 まず、共有結合で架橋された化学架橋ゲルの場合は、鎖の分子運動により架橋点は切れることはなく、ゲルの網目構造はゲルが形成されたときの構造を維持する。したがって、通常の外部環境下では上記のゲルの定義や相転移の普遍性は保持される。つまり、外部環境変化に対して平衡状態が可逆的に実現され、ゲルの性質と外部環境を適切に選択することにより、相転移を誘起することが可能となる。しかし、ゲルを投入した溶媒が高分子網目に弱く結合する分子やイオンを含む場合は、膨潤-収縮による膨潤比の変化が不可逆になる可能性がある。次に、結合エネルギーが熱エネルギー程度の弱い結合で架橋された物理架橋ゲルでは、分子運動により架橋点が生成消滅するため、観測時間が架橋点の生成消滅の平均寿命より十分短いと構造が凍結したように見えるが、十分長い場合は外部環境に依存した平衡状態が観測される。したがって、外部環境が変化して新しい平衡状態に緩和する過程で、架橋密度などのゲルの性質が変化する。その変化はしばしば不可逆的に起こるため、相転移を起こすことができなくなる。また、物理架橋ゲルが大きく膨潤する場合は、未架橋高分子がゲルの回りの溶媒に溶出する。ゲル化点近傍のゲルでは短時間で崩壊に至ることがあり、このようなゲルは上記のゲルの定義から外れることになる。
 これらの疑問点、すなわち化学架橋ゲルの網目が溶媒分子と弱く結合する場合の膨潤比の可逆性や、高分子の溶出を伴う物理架橋ゲルの外部環境変化に対する膨潤比の可逆性は、これまでほとんど研究対象にされてこなかった。このような観点から本特定テーマでは、ゲル化とは?ゲルの崩壊とは?という現実的な問題を通してゲルの相転移の普遍性を再考する。このことはゲルとは何か?という古くて新しい問題に直結しており、物理、化学、生物学、薬学、医学、工学の研究分野の枠を超えて討論することが望まれる。
 是非、この問題について活発な研究を展開されている貴殿に、次のような特定テーマ研究分野で研究成果を発表し、討論に参加していただきますようお願い申し上げます
閉じる